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2015年03月15日21:31

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『そして俺が彼女と別れないことを決めた理由』10

「ああ……芳樹君、真田君来たよ」

 眼鏡をかけた女性が俺を案内してくれる。

「む〜ん?友和キュンじゃないか〜?どうかしたのかにゃ〜」

 すっかりと脳内を燻されているようでトロリとした表情の芳樹さんがソファに身体を預けながら迎えてくれた。

「……ゴキゲンですね」
 
 嫌味めいた口調を彼は言葉どおりには取ってくれなかったようでやや調子っ外れな裏声で返す・

「イエ〜!マサにオリコウニャンニャンだぜ?」

 何を言っているかわからないが機嫌は良さそうだ。

「やだ〜芳樹君たら、まるで猫みたい〜」

「そうでちゅよ〜オラニャンでちゅよ〜」

 先ほど俺を案内してくれた女性が芳樹さんの隣に座って彼の腕に身体を預けている。

 大人びた見た目とは違い、言動と行動は幼い。

 これでも一応明さんや芳樹さんと同い年らしい。

 そして芳樹さんの彼女でもあるそうだ。

「ところでお前もどうだ〜? マエストロ明さんの新作『ミドリ』だぜ〜」

 そう言いながら太い紙巻を器用に歯で咥えながらクイクイっと上下に動かす。
 
 そのまま筒先に着火して大きく吸い上げた。

 ふ〜、と大量の煙が彼の口から出てくる。
 
「う〜ん今回のは少し『沈み込み』が深いな〜……それで音が少しコモル感じだな、沈……○、音……コモリ◎の総合○で」

「はいはい……○と、洋子はどうかな?」

 明さんが感想を聞きながら紙にボールペンで○と記入する。

 芳樹さんが咥えている『ミドリ』をしなやかな指で受け取ると浅めに吸いこみ、すぐに渋い顔になった。

「グエ〜、これってディープ過ぎ、でも音はなんかフルーティに聞こえるから……沈は×に音は○の総合は△で……むあっ?」

「う〜ん女の子にはちょっと強すぎたかな〜、僕なんかは結構好きなんだけどね」

 洋子さんの口から『ミドリ』を取って明さんも一口分を肺に入れる。

 フワリとした紫色の煙が排出されて空気と混合して散っていく。

「いいんじゃねえの?キャッチコピーはズシンと来る重力を君に〜緑王剣十倍だ!みたいな感じでyo!」
 
 洋子さんと頬をくっつけあいながら両手の人差し指をピンと伸ばして明さんに向ける。

「……フレミングの法則ですか?」

 俺のツッコミにズルリと腰を落とす。 同時に洋子さんが慌ててそれを支えようと焦る。

「違えよ!ほら、あれがよくやるじゃん、その……つまりあれだよ……あれなんだよ」

 だいぶ頭が燻製されてるのか痴呆老人のようにあれとそれだけしか言わないので何のことだかわからないが、

「イヤ〜ン!芳樹君格好いい〜!大好き〜!」

 洋子さんが感激したように芳樹さんの頬に何度も唇をぶつけ、芳樹さんも芳樹さんでドヤ顔でそれを素直に受け取っている。
 
 ハートマークが飛び交っているような幻視が見えてしまうほどに彼らはラブラブだった。 

 ものすごく胸焼けする光景だ。    

「イチャイチャモードに入ったみたいだね…こうなるとしばらく二人の世界に入ってるから代わりに僕が話を聞くよ」

 すぐ隣のイスに誘導し座り込む。

 一度溜息をつくのを待ってくれてから明さんが口を開いた。

「意外な組み合わせだろ?」

「ええ……正直驚いてます、初めて会ったときから度肝はぬかれてましたけどね」

 二人で顔に苦笑を表示する。

 駒形芳樹という人はやや細身ではあるが、ルックスは悪いほうではない。

 そしてこの緑友会のリーダーでもあるので当然というべきかなんと言うべきかわからないが他の女性会員からモテる。

 実際に何度かの会合の時に何人かの女性から言い寄られているのを見たことがあるし、実際に狙っているという話を何度と無く耳に入ってきてはいた。

 だが実際の彼は周りに女性を侍らせず、飄々とした明るい態度は裏腹にいつも一緒に居るのは目の前に居る明さんか洋子さんしかいないのだ。

 別段、硬派というわけでも(意外に)真面目というほどでもない。 

 会合でボンヤリとしながらも彼の話すキツメな下ネタや下卑たジョークも聞いていてそれは女性の会員相手でも変わらない。 
 
 かといって孤独を愛しているようでもなく、積極的に他の会員達と話はするが、ある程度のところで次のグループへと向かう。

そしてまた同じようにくだらない話をしては移動するということばかりしていた。

 そしてそんな彼の恋人である洋子さんは意外な程に普通に見えた。

 少し神経質そうな一面は見えるが、他の仲間たちとの会話を聞いている限りでは大学や街にいる普通の女性と変わらないように見えるのだが、こと芳樹さんと会話するときにはあのような態度に変貌する。

 何度か話をしたことはあるが、芳樹さんとは対照的に落ち着いて話をするタイプだ。

 いくら好きな男の前とはいえ、あれほど変化する人間には面食らってしまった。

 一度そのことを麻輸に言ったら女なんてそんなもんよ、もっともああいうタイプは私は気が合わないわね。
 
 とだけ言われて、他人についてのことばかり話するのは下品よと説教された。

 そういう人だと理解はしていても……。
 
 芳樹さんと洋子さんはすでに自分たちの世界に入りこんでいて、もう胸焼けを通り越してこっちが恥ずかしくなるくらいだ。

「でも二人ともあれで結構気があってるんだよね」

 しみじみと言う明さんは薄暗い照明のせいか疲れているようにも見える。

「意外な話ですね」

 正直な感想を思わず漏らすと同意するように笑みを見せる。

「不思議なものでおよそ気が合わなさそうな人間でも意外に相性良かったりすることもあるもんなんだよ……嫌になるくらいにね」

 俺越しに後ろの二人を見る明さんの表情は普段の朗らかな彼とは違って妙な陰りがあるように思えた。 
  
 いや、単純に俺がそう見えただけか……。 

そういえば麻輸にも早急に他人に対して印象を決めるものじゃないわよと窘められたことがあったな。

「麻輸ちゃんも君もその範疇かもね」

「肯定はしづらいですけど否定も出来ないですね」

 ちょうど麻輸のことを考えていたときに彼女の話が出てきたので内心動揺はしたが何とか態度に出さずには済んだ。 

 もっとも質問自体がどう答えていいかわからない代物ではあったが……。

 仕切りなおすように明さんはソファに深く座り込んで深呼吸して俺を見つめなおす。
 
 そのときにはいつものさわやかな好青年風に戻っていた。

「それで新しい仲間は見つけてくれたのかな?」

「いや……それが……」

 それを聞いた瞬間に明さんが困ったように眉間に指を当てる仕草をする。

「う〜ん、それは困ったな〜、実は麻輸ちゃんの手前、誰も言わないけど会員の間で問題になってるんだよね」

「そ、それはなんと言っていいものか……っと」

「おいおいどうした?友和君はご主人様の麻輸ちゃんにまたお願いしないのかにゃ〜?」
 
 芳樹さんがいつの間にか俺の後ろに回りこんで体重を預けてくるが、見た目とは違って筋肉質な感触を背中越しに感じる。
 
「……別に今までだって麻輸に頼ったことなんてありませんよ」

「それじゃ〜今回が初めてかにゃ?ご主人様〜、友和キュンを助けて〜」

 妙な裏声を出してからかうような口調の芳樹さんに対して自然に怒りが沸く。

「い、いい加減に……ぶぐわっ!」
 
 振り返って開きかけた口を強引に手でふさがれた。

 同時にフワリとあの香りが口腔を通して鼻腔に触れる。

「落ち着けよ、ガキ……困ってんだろう?俺が助けてやるさ」

「ぷはっ……な、何を……」

「ンフフッ、まあ悪いようにはしねえから安心しろよ?」

 ニンマリと笑ってはいるが目はギラギラとしている。 

 冷や汗が背中を流れると同時にドンヨリとした暗い予感が頭をよぎった。

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