3/8(日)、浜松市美術館で開催中の「絵画者 中村宏展」を観てきた。
・会期 2/14〜3/29
本日を選んだのは、画家本人によるアーティストトークがあったからだ。
中村宏(1932- )の展覧会は大小2度これ迄に観ており、今回が3度目になる。
2007年に東京都現代美術館で観た大きい方だけ下にリンクを貼っておく。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=391984027&owner_id=3341406
この時75歳だった中村は、今年83歳になる。
それでも、現役で今も創作活動を続けており、今展には2014年制作の作品も並べられていた。
今回の展覧会に出品された全61点の内16点は、2007年以降の日付で、私は当然初めて観る事になる。
(更に、その内43点が浜松市美術館所蔵品で、これは中村がこの浜松出身である事による特別の事情だ。)
無論、それ以前の作品でも、今回初めて観るものはあるだろうけれども、算数はともかく、彼が現在も制作を続けているという驚きを私は目の当たりにしたのである。
トークの中でも、観客から今後への質問があり、先の変化は判らないがまだ続けていくという趣旨の回答があった。
トークも、角こそ取れたようには思えるが、大変に明朗な話し振りで、ところどころで笑いも起き、愉しく聞かせてもらった。
2012年11/18〜翌2/25には、ニューヨーク近代美術館の「TOKYO･1955-70：新しい前衛」展で数点が紹介された由、旺盛な活動と意欲は翳っていないようだ。
今展は以下7つの章立てで構成されていて、制作年代順となっている。
第1章 1950-55年 「ルポルタージュ絵画」の誕生
第2章 1955-60年 「ルポルタージュ絵画」から「モンタージュ絵画」へ
第3章 1960年代 「観念絵画」から「観光芸術」へ
第4章 1970-90年 時間の流れ、運動の変化を生み出す絵画/「車窓篇」「タブロオ機械･�機廖峅�色法則」
第5章 1990年代 空間性を高めた絵画/「限界標示」「タブロオ機械･�供廖崚監札瀬ぅ筺�
第6章 2000年代 無限定を追求した絵画/「絵図連鎖」「図鑑」
第7章 現在 絵画の可能性を求めて/「消失点」
これ以外に、インスタレーションの部屋が用意され、4点(1996-98)を含め、部屋そのものが作品という見せ方であった。
アーティストトークは14:00〜15:30、参加者が膨れ上がり、中村はそれを引き連れて会場を巡り、章構成に従って自由にしゃべった。
私は12:00過ぎには美術館に入り、まず全体を見渡しておいて、トークを待った。
中村宏は戦中派と言っていいだろう、9歳の時に太平洋戦争に突入し、13歳、旧制中学時代に終戦を迎える。
1951年、19歳で東京に出て、日大芸術学部美術学科に入学。
第1章最初の《木枯らし〜三方原》(1951)以下数点は、本人によれば教師の影響下で描いたもので、後の自分らしさは全くない、との事。
東京時代には学生運動に加わる。
まだ戦後の復興途上で、全国各地に米軍基地が残り、様々な問題を抱える日本の現状をこそ描かねばならないという日本青年美術家連合の「ルポルタージュ絵画」運動に引っ張り込まれた。(表現は中村の言葉を借りている。テレが入った表現かもしれない。)
この章の代表作は《国鉄品川》(1955)→【写真1】と、それに向けた習作。
これで使った機関車のモチーフは、生涯に亘り、様々にバリエーションされる。
第2章に入ると、1現場に「ルポルタージュ」したものばかりでなく、必ずしも行った訳でないあちこちの場面と、新聞や雑誌からのモチーフも利用して再構成を試みるようになる。コラージュの使用も始まり、作品は複雑になる。
《島》(1956)は戦争末期から続く沖縄の悲劇をテーマにしている。
《都市計画》(1958)は、建設中の高層ビルを、統一選挙における候補者の顔写真入りの連続した記事をコラージュ、窓に見せかけて描いている。
この絵には、後、幾度も繰り返し登場する工事現場の黄色と黒の標識のモチーフが既に現れている。
また《蜂起せよ少女》(1959)には、セーラー服はまとわない迄も、少女が、機関車の窓から観客の方を見ている。この少女と窓も、中村の重要なモチーフとなる。→【写真2】
第3章で画面構成は単純化する。
絵の主人公は、その中央を横切る地平線(または水平線)である。それを粉飾するものが地平線の上下に描かれるが、最も重要なのは地平線そのもので、古来単純極まりない構図だ。
上下を飾るものは、雲、機関車、波、草原等々。
ここでは「ルポルタージュ絵画」のように特定の事件や場所を連想させず、鑑賞者がその脳内で自由に読み取ればよい。彼等のいろいろな経験や記憶が絵によって呼び起こされ、想像世界は様々にはばたくだろう。
また「観光芸術」とは、”「みた」ものを「みる」ということ”。
中村の見る事の探究、見る事の複層化、再構築という、彼の人生における最重要問題がここに露呈してくる。
見た外的世界 → 記憶として内的世界へ → それをまた視覚化し外的世界の絵に置き換える。
この連環の中で、見ると見られるという関係も起きるだろう。ここにこそエロティックな世界も発生する。見る者と見られる者がなければそれは存在し得ないに違いない。
この章で初めて、1つ眼のセーラー服の女子が登場する。
中村によれば、セーラー服というのはお仕着せのツール(仕掛け)であって、男が軍服を着て一変するように、彼女達もそれを着て違う何かになる。それは一種機械的な、メカニカルな集団的変容であって、個性とは別次元の世界である。
中村の祖父は浜松高等家政学校(今のS学園浜松G校)を創設、祖母がその校長となった。両親もここの教員となり、中村の生家はこの学校の敷地内にあった。
そこで、中村は、近所の女の子がセーラー服を着、集団に組み込まれて一変するのを、怖ろしい気持を内に秘めて見つめた事だろう。
セーラー服の女の子達は、1つの眼で一様に外的世界を見る。そして、時折スカートをめくり上げ、彼女達は見られる存在にもなる。
少年にとって、セーラー服は理解の及ばない境界であった事だろう。
《円環列車･A〜望遠鏡列車》(1968)で、初めて集団のセーラー服の女子が画面に登場する。→【写真3】
彼女達は列車の3等客室の全席を占め、一様にこちらを見ている。2人程スカートをめくり上げている後姿が混じっている。
眼は2つあってこそ、人間(動物)は位置関係や奥行き感を把握できる。が、焦点1つにフォーカスするだけだったら1つ眼の方いい。鉄砲を撃つ時、自然に片眼をつぶるのは、その方が焦点が合うからだ。双眼鏡より望遠鏡(単眼鏡)の方が焦点が合い易い。
この絵の画面の中央には、大きな望遠鏡の円形の図があり、それは遠くの水平線を眺めている。
その円形を中心にして、列車は輪のように折れ曲がり、どちらが行く先か判らず、円環はずっと先で閉じているのが続く車窓から見えている。
この連続する車窓のモチーフが、第4章でシリーズ化、様々に変容する。
これによって時間の表現を平面絵画が得る。
車窓は漫画のコマと同じだと中村は言う。コマとコマの間に時間というものが発生するのである、と。
それを抽象画領域に持ち込んで「タブロオ機械」シリーズが始まる。そこには微妙でいて躍動的な動きが抽象世界に捉えられている。
このようにして、中村の絵画はその後の各章へ次々と展開していくのである。
ログインしてコメントを確認・投稿する