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2015年02月26日01:15

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実録小説『反吐と酸欠に塗れ』

息苦しい。 まるで狭い箱に閉じ込められてるようだ。

僕の喉、そして肺へと繋がるLine全てには爆弾が仕込まれている。

もしくは拷問器具のように『それ』が発動すれば限りなく死へと追い込むスイッチ。

あるいはギチギチと張り巡らされた有刺鉄線。

そんな幻視を想像した。

冬の屋外に吹く風はとても冷たくて身体中の筋肉を縮こませてしまう。

田舎の道は畑と樹木に囲まれて街灯はまだら、民家はそれ以上にポツポツと存在するだけ。

ゴツゴツとした整備不足のアスファルト上をトボトボと歩きながら『それ』に耐え続ける。

目的の場所はもうすでに見えている。

もう少し…。 あと少し…。 すぐそこだ。

そして到着する。

街灯の儚い光とは違う、コンビニの内部から流れ出る光は街の夜景のように煌びやかだった。

一瞬だけはホッとできた。

しかし自分の中に仕込まれた遅効性の苦しみはこの瞬間にも爆発を待ち構えているので慎重に息を浅く吸って、吐く。

大きく行えば刺激により『それ』が誘発される。

そしてそれをキッカケに誘爆が起きるのだ。

会計を済ませ眠そうで怠そうな店員から背中に言葉だけのお礼を言われ『夜』に戻ると、攻撃されるような寒風が扉で隔たれた世界に強く吹いている。

その中を俯きながら歩く。

来ているコートの裾が流されるように跳ね上がりその隙間から寒さが入ってきた。

肌の表面がプツプツと鳥の羽を毟った跡のようになっていくのを自覚するがどうしようもないからひたすら耐えて進む。

帰り道を照らす白熱灯の光は来た時よりも頼もしく思えた。

玄関の扉を開け、家に入るが室温は外の気温と変わらなく冷え切っている。

あちらこちらから隙間風が入ってくるため暖房が意味をなさないのだ。

築35年、2DKの一軒家、家賃は2万円。

青黒く変色したカビに食い尽くされて一部欠損した天井からは屋根の内側が見える。

そこが僕の住む家。

辛うじて風雨を避けることが出来るくらいが屋外にいるよりはマシと結論づけられる唯一自分の帰れる場所だ。

コートは脱がない。 貴重な暖房器具なのだから。

絨毯の上に買ってきた物を置こうと身体を曲げた際に『それ』は唐突に発動した。

「ご、ゴホッ」

しまったと思う間もなく、まるで増殖するウイルスのように咳が溢れかえる。

「ゴホッ、ゴホ…ゴボボグハッ!アグゥッ!ブハッゴバッ!」

首を絞められた時とも喉が詰まった時とも違う呼吸器官全てがまるで一本の糸のように細く癒着してるように息が出来ない。

肺の中の空気はとっくに全て吐き出されているのに身体は異物を追い出す反射行動を起こし続け、すでに存在しない酸素を追い出そうと無制御に咳き上げる。

一度発作が出てしまえば数分間はそれを強制され、それがどんなに苦しいことか!

痛みは慣れる。 屈辱は耐えられる。

だが酸欠の恐ろしさには決して慣れることはない。

目の前は赤く染まり、口内からは粘性のよだれを垂れ流し身体は許しを乞うように額を床に押し続け、やがて反吐を吐き出す。

けれど『それ』は止まらない。

どんなに詫び、懇願しようと無機質に振り降ろされる断頭の刃のように僕を喘がせる。

限界を越える寸前には発作は収まるのだが、自身の吐き出した反吐と涙に顔を突っ伏しながら生きていられたことに感謝と安堵をする。

だが次の『発作』の為にまた時限爆弾はセットされるのだ。

それを一日数十回繰り返す。

カビ臭と胃液の臭いが混ざる室内に仰向けに倒れ、自然送風によって揺れる電灯の紐を見上げながら

「こうして生きていくのか…ずっと?」

乾いた言葉が屋内の風に散らされて消えていった。

重苦しい日々を過ごしていた20歳の晩冬のとある一日を僕はそう過ごしていた。




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