●2015年01月20日(火) 晴れ
▼「ナラトさん。
きのおの続きですが、オレ、しゃべってええんですか?」
「キツネくん。
しゃべっていいどころか、ボクはきみの、歯に衣着せぬ『話』を聞きたいと、
思っているんだ・・」
「オレが問題にしているのは、きのおも、ゆうたように、山田太一さんの
2014年11月14日 14:00〜 15:30 に行われた、日本記者クラブでの講演、
『戦後70年 語る・問う』第5回の発言なんやけど、そのことは、読売新聞出身の
鈴木 嘉一さんが、次のように纏めておる部分なんや・・」
『会場からは、政治への関心など幅広い質問が飛び出した。
松竹時代に仕えた木下恵介監督への評価を聞かれると、
「悪いところもいいと言う義理はないが、口にしないくらいの義理はありますよね」
と笑わせた』
▼「この部分なんやけど、これだけでは、何のことやら、わからんと思うので、その講演が
『YouTube』に載っておるので、ここに貼りつけておく。」
▼「で、オレが問題にしておる、さっきの部分は、この講演の最後の最後の部分で、
最後に、日本記者クラブの個人会員の「カワキタ」ちゅう人の質問なんです。
この「日記」でも、カワキタさんへの山田太一さんの対応の仕方について
書いとった。」
・
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1936406504&owner_id=1040600
▼「ナラトさん。この『日記』は、オレがナラトさんの言葉を書いたものですが、
『いつか、日本記者クラブで、山田太一さんは、「よく間違えられるのですが・・」と、
<山田洋次と山田太一>はどうちがうのか、という記者の質問に、やんわりと、
そう対応しました。』
とゆう、<山田洋次と山田太一>の比較なんですが、いまの問題は、<木下惠介と
山田太一>の比較なんです・・」
「そうだねぇ、このときの山田太一さんの切り返しも、抜群だと、ボクも最初、聞いた
ときは、思ったんだ・・。
『悪いところもいいと言う義理はないが、口にしないくらいの義理はありますよね』
なんて切り返し、軽妙じゃないか・・・」
▼「そうなんです。
でも、木下惠介・監督の『日本の悲劇』を、ナラトさんに薦められて観て、
山田太一さんは、もっと、木下惠介さんを評価したほうが、いいのではないか・・、
と、思ったわけです・・・」
「キツネくん。
まさに、ボクも、その点について、山田太一さんに、おやっ、と疑問符をつけたんだ」
「そうです。この講演会は、『戦後70年 語る・問う』というタイトルで語られているし、
日本が敗戦したとき、山田太一さんは、小学校5年生だったと、語っていて、いまの
戦争を知らない若い人が、軽々に『戦争物』を作る『あやうさ』にも、ふれているのです。
木下惠介さんが作った『日本の悲劇』は、ちょうど、山田さんが育った時代で、
大衆食堂のムスコの山田太一さんが早稲田大学に受かったのと、『日本の悲劇』の
熱海の旅館の女中のムスコ・井上清一は、よく似た年恰好なんです・・。
山田太一さんは、この『映画』は、木下惠介・監督の助監督をしておったから、きっと
作品は知っているし、観ておられると思うのです。
だとしたら、黒澤明と木下惠介とを比較して、カワキタさんが「小津安二郎はいいが、
木下惠介は、果たして、小津や黒澤と同じ高さで、映画史上に名を残すべき『名匠』か
と問われたら、そんなユーモアでなく、もっと真摯に答えるべきてある、それでないと、
山田さんの発言は、この作品を知らない多くの人にとっては、決定的な『判定』を下し、
しかも、知らず知らずのうちに、木下惠介・監督を『侮蔑』し、笑っていることになりは
しないか、と思ったのです・・・」
▼「なるほど、キツネくん。
ボクも、この『映画』を見たとき、政治を告発する映画なのか、と一瞬、思ったが、
そうではない・・・。
山田さんが作る『ドラマ』と同じテーマの、『家族』の『話』なのだ。
しかも、テレビ『ドラマ』でなく、劇場『映画』なのだ。
ひょっとすると、山田さんがこの『日本の悲劇』を見たときは、そのときの社会状況からは、
『図式的』に見えたのかもしれない、と、思ったりする・・・。
けれども、製作した1953年から60年過ぎると、冒頭にある新聞記事の映像や
政治的に見えるすべてが、庶民の生活の記録であり、『ドラマ』の背景として、きわだった
役割を果たしていると、と思う・・。
山田さんは、『政治からなるべく遠くに・・』というスタンスであり、ボクもその立場を
支持している。 文学というか、映画やドラマや芸術や文化や思想は、『政治』そのものでは
ないから、政治に利用されたり、また政治にしたりするものではない、と思う・・。
けれども、政治はいやおうなく、人々の暮らしに踏み込んできて影をおとす。
そのときは、生活の側から、思想や文化や芸術の側から、政治と闘わなければ
ならない・・。
それは、政治から独立するための戦いだ・・。
むかし、「文学と政治と人生」というテーマで、ボクも「日記」を書いたことがあるけど、
ボクなんか、まったくの非政治的な人間が、労働組合にかかわったのも、それが
生活の側、庶民の側の、思想や文化の戦いだったからで、既存の政党や政治運動と
連動するものではなかった・・。 『身に降る火の粉は、はらわにゃならぬ』、ただ
それだけだった・・・。
▼「オレ、むつかしいこと、ゆわれると、どんどんどんどん、わからんように、なってまう
けど、『日本の悲劇』はいまも続いている問題やと思うので、戦後70年を記念して
戦争を知らない人も、知っている人も、政治的に右の人も左の人も、そして老若男女
に観てもろたら、ええと思うんや・・・」
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