mixiユーザー(id:2230131)

2014年12月08日22:53

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Tomorrow's Modern Boxes/Thom Yorke

 一聴してものすごく地味で、シンプルで、飾り気のない、ごくパーソナルな視点から作られたミニマルなアンビエント・エレクトリック・ミュージック。

 トム・ヨーク『トゥモローズ・モダン・ボクシーズ』の構造的シンプルさは、2006年に発表されたソロ第一作目『ジ・イレイザー』のシンプルさとも基本的には同じ。つまり、それまで培ったエレクトロニカ的なプログラミングと伝統的なソングライティングを融合させる試み、その方法論自体のシンプルさ、という点において。

 だがこの8年間で世界は変わり、ダンス・ミュージックのオタクであるトム・ヨークの周囲では常にいろんなサウンドが飛び交っていった。2ステップが彼の横を通過し、UKガラージが通過し、そしてひょっとしてポスト・ダブステップが通過していった。
 なので本作のリズムは当時と比べ物にならないほど多様化し、参照点を探し出すことさえ不可能になった。要するに、かなりマニアックな方向にいくことも可能だった。

 だが本作では、それらの知識をひけらかすのではなく、目を引くような奇抜な仕掛けを施すでもなく、あるいはアトムズ・フォー・ピースのように超絶技巧の生演奏で再現するのではなく、あくまで自身のラップトップから生み出された手の届く範囲内で完結させ、ちょっとした粗の部分まで含めて無防備にサウンドが投げ出されているようなラフな質感がある。これはどんな楽曲でもオーヴァープロデュース気味だったトムの作風を踏まえると、ちょっと新鮮な驚きがある。

 さらに『ジ・イレイザー』と比較して、本作はよりエレクトリックに寄ったサウンドなので、自然と伝統的なソングライティングは放棄される傾向にある中で、それでも“ピンク・セクション”のように明確にメロディーを押し出したメランコリックな歌曲(歌と言っていいのかわからないが)もあり、その点は、長年彼の音楽に耳をすませてきた自分をひとつ安心させる要素だった。

 ダークで切迫したムードを持つディープ・ハウス、幽玄たるアンビエント・テクノ、細分化されたグリッチ・ノイズ、あらゆる無機的なサウンドスケープとそれらが醸し出す雰囲気は、不思議と日常のリアルを侵食することなく、空気中に微細に音が交じることで周囲の景色が少し滲んでいるような錯覚とでも言おうか、さりげなく親密なものを感じさせる。
 本来、ビートの独自性を除けば殊更オリジナリティーを出しづらいジャンルの音楽ではあるが、聴き込む度にちゃんとトム・ヨークの独自性が詰まっている。そういうパーソナルな作品に出会うことは極めて稀だし、これぞトム・ヨークを聴いているという特別な体験である。
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