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2014年10月18日20:47

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詩『懸想文』


  懐に狗のひそめし懸想文
   恋ふるをみなを想ひつづるに


*かろき小男ありて
誰そ知らねど
いと*やむごとなき*際に見えたる方
我が狗になれ、とのたまひて
褒美を与ふること*結びたるゆえ
男、一日を暮らしかぬるよしにて受けたり
銭なる綱にくくられて
あるじの命を重んずる狗になりけり


ある日の昼つ方
*おもき方、男に命じたる事ありき

大きなる*亭のあるじが*夜殿を見つくること
もし捕らへらるることあらば
つくりものの懸想文をばとり出だすこと
和歌はみずからよみて
歌よみをして書かせしむること
*実知られたれば自害を*くはだつること
問ひに*おつらば*家内の命あらざらむこと

男*おぢまどひけれど如何はせむと
恋ふる女を想ひてよめる歌


 春の夜に舞ひちる花の立ちかくす
     空のいづこに月やどるらむ


十日後の*夜半
男、亭に忍びたりけり
月影さやけき庭ぞ*まかりぢに見えける

あな、口惜しや、狗ぞほえたる
すなはち亭より番出でたりて捕らへらる
はたと思い出づるは懸想文
頼まれしものとて懐よりとり出だせば
亭に姫はおらぬとぞのたまいける
ところ*違へてけり、と申さば
一同にうち笑ひけり
何と
と夜殿と思しきより出でし方おもき様なり

*許られし男*なくなく帰へり来るは
懸命によみける懸想文を
*没収せられしゆえなり

あるじより褒美をたまいけるが
綱こそ解かれざりにける


―完―


〔註釈〕
懸想文(けさうぶみ)=恋文に短歌を詠み内容に纏わる草木を添えて使いに持って行かせる物
狗(いぬ)=(犬=嗅ぎまわる者)=密偵
をみな(女)=若い女性
かろき=身分の低い
やむごとなき=おもき=身分の高い
際(きは)=身分
結び=約束し
亭(てい)=屋敷
夜殿(よどの)=寝室
実知られ=正体を見破られ
くはだつる(企つる)=実行する
おつらば(落つらば)=白状すれば
家内(けない)=家族、一族
おぢまどひ(怖ぢ惑ひ)けれど如何はせむ=恐れうろたえたがどうにもならない
夜半(よは)=夜中
まかりぢ(罷り路)=冥土への道
違へ(たがへ)=間違え
許られ(ゆられ)=(ゆるされ)解放され
なくなく(泣く泣く)=泣きながら
没収(もっしゅ)
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