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2014年07月17日01:46

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■「柳田国男の語り口」　(2)

●2014年07月17日 (木)　　晴れ

　▼とりあえず、(二)まで読んでみよう。
　　引用は、適当に改行した。

　　　　涕　泣　史　談

　　　　　(二)

　　　　　　この世の中がどう変って来たか。何と何とが特に著しく変ってし
　　　　　まったか。これは是非とも眼前の世相を標準にして、比較説明をし
　　　　　なければはっきりするものではない。

　　　　　今日わが国人が近世史を重んずべしとする趣旨も主としてここにあ
　　　　　るのであるが、実際は最近公けにされた維新史のように、多くは老
　　　　　人側の追憶談または苦心談の排列の域を出でず、これと現在と繋ぎ
　　　　　また現在を説明するの手段としていないのは、遺憾なことである。

　　　　　　古人はこの「時の長さ」の単位を普通には百年とし、モモトセの
　　　　　後と語っていた。事実いかに保守的気風の強い社会でも、百年の前
　　　　　と後とでは相当の変遷があった。

　　　　　現に江戸時代などは一つのいい見本で、大衆作家などはこの二百数
　　　　　十年を、頭も尻尾もない一固まりのもののように見て、少しも書き
　　　　　分けようとしていないようだが、江戸でも後になると後見草とか三
　　　　　省録とかいう書では、以前はこうであったが今はそうでないという
　　　　　ことを、盛んに説き立てているのである。

　　　　　従って古人も百年くらいが覚えよく理解しやすく、ちょうど頃合い
　　　　　の区切りのように思ったのであるが、しかし今日から言うと、百年
　　　　　は比較の標準としてはやや長過ぎる感がある。

　　　　　第一に百年間の出来事を覚えている人は絶対に活きていない。
　　　　　聴いて記憶しているにせよ、二段三段の又聴きであり、書き留めて
　　　　　おいたという場合も思いの外すくないのである。

　　　　　その上最近になるにつれて、百年間の変りようは実はあまりに激し
　　　　　すぎる。

　　　　　少し大づかみな勘定かも知れぬが、まあこれを半分に縮めたらどう
　　　　　かと思う。
　　　　　実際また最近の五十年は、昔の二百年にも三百年にも当るくらいに、
　　　　　変化の速力が加わって来ているのである。

　　　　　しかしともかくも五十年を単位として、その前と後とを比べるとい
　　　　　うことになると、話がずっとしやすくなる。

　　　　　　何より都合のよいことは、前の事を知っている者、直接自身で見
　　　　　聞しているいわゆる故老の数が相当多く、いい加減な自説に有利な
　　　　　ことを言おうとしても、周囲にそんなことはないと批判する者がい
　　　　　くらもいるということである。

　　　　　また怪しい節があれば別の人に聴いて確かめることもできる。
　　　　　すなわち我々は安心して、故老の知識を利用することができるので
　　　　　ある。

　　　　　ところが現在はむしろそういう便宜が多いために、かえってこれを
　　　　　粗末にするという状態である。

　　　　　　だがこの故老というものにも、一定の条件があって、出逢いがし
　　　　　らにどこにでもという程にはたくさんいない。

　　　　　ちょうど明治初期の欧化時代に人となり、若い頃からひたすら時代
　　　　　の尖端を狙い、真似も受売りの不精確をも顧みず、ただ舶来の文化
　　　　　というものに感心して、何かというとその知識をふりまわして年寄
　　　　　たちを煙に捲き、彼らの昔風な考え方、いわゆるちょん髷式のあら
　　　　　ばかり見つけて嘲ろうとしていた人たちは、たとえいかほど皺がよ
　　　　　り歯が抜けようとも、けっして我々のいう「故老」ではないのであ
　　　　　る。

　　　　　彼らはおそらくは前代生活の底を流れているものに、心から感動し
　　　　　たことは一度もなく、そのまま年を取ってしまったのである。

　　　　　この外に今一つ、空々寂々組とも名づくべきものもずいぶんいる。

　　　　　そう言えばそんなこともあったようだと言い得るだけで、たしかな
　　　　　ことはいっこう体験せず、また印象づけられてもおらず、しかも年
　　　　　を取るとこういう連中が、わしの若い頃はなどという話をしたがり、
　　　　　またよくその場限りの相槌を打つものである。

　　　　　こういう人も実は格別当てにならないのである。
　　　　　ただ幾人かの個々独立の言を綜合してみて、それが幸いに一致すれ
　　　　　ばこれを信じてよいという程度のものである。

　　　　　　以前国民のただ一つの教育機関として、昔と後の世との聯絡に任
　　　　　じていた故老は、別に何らかのもっと積極的な特徴を具えていた。

　　　　　記憶力も欠くべがらざるものであるが、それよりも大切なのは観察
　　　　　の無私であったこと、その上に過去というものの神秘性を感ずる人
　　　　　で、父祖の活き方考え方に対する敬虔なる態度を認め、その感じた
　　　　　ものを自分もまた、次の代の人に伝えずにいられぬ心持を抱いてい
　　　　　る者、一種宗教的な気質の人が、いわゆるオールドマンだとリバー
　　　　　ス博士(Dr.Rivers)などは説いている。

　　　　　
　　　　　日本の田舎には、そういう人が元は必ず若干はいた。
　　　　　概していうとやや無口な、相手の人柄を見究めないと、うかとは
　　　　　しゃべるまいとするような人にこれが多かった。

　　　　　それが人生の終りに近づくと、どうか早く適当な人をつかまえて、
　　　　　語り伝えておきたいとあせり出すのである。

　　　　　男の中にもそういう人はむろんいるが、どちらかといえば老女の
　　　　　中に、多く見出されるようにも言われている。

　　　　　
　　　　　人は神様でないから永い間には記憶の誤りがあり、また若い頃の印
　　　　　象だから、時には信ずまじき人の言葉を信じているかも知れない。

　　　　　従ってそういう人のたった一人の言うことを、あたかも一冊の記録
　　　　　のごとくには重んずるわけに行かぬのはもちろんである。

　　　　　ただこれも多くの例を重ね重ねて、次第に確かさを加えて行くので
　　　　　ある。
　　　　　これを歴史の学問に利用する場合には。かなり骨折りな手順がいる
　　　　　ことは事実であるが、その代りにはこれがなかったら、全然知らず
　　　　　にしまうかも知れぬことを、我々は学び得るのである。

　▼(二)は、以上である。

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