●2014年03月03日 (月) 晴れ
▼ＮＨＫ受信料と、任意継続の健康保険料を払い込みに、
駅前のコンビニまで下りる。
ついでに喫茶店にも寄るので、再度読み始めた山田太一『逃げていく街』(マガジン
ハウス刊)をいっしょに持って行った。
リファーレの「桝や」では、きょうの桃の節句のための「ちらし寿司」を
用意していて、錦糸卵を散らした上に、ピンク色の何か、私にはよくわからないものが
「桃のつぼみ」を模してトッピングしてあった。「でんぶ」だろうか。
ちらっと見てから、となりの喫茶店に入った。
▼仕事をやめてから、この喫茶店に来ることが多くなったので、
しばらく前から、１１枚綴りの回数券である「チケット」を購入し、
ときどき立ち寄る。
店の男の子も、女の子も、もう顔を覚えているようで、座ると
お水と、「灰皿」も持ってきてくれたりする。
しかし、働いていたころ、職場の近くの喫茶店でそうであったように、
顔なじみになったからといって、それ以上に親しく言葉を交わしたりは
しない。
「本」を読んだり、うつらうつらしたりするのには、その方が
具合がいいからだ。
▼「本」には、鉛筆で線を引いた所もあがるが、『闇の話』のように
全く読んだことを覚えていない文章もあって、山田太一の「本」の中では
印象が薄い。
それで、また読み返そうと思って持ってきた。
(読み返すのではなく、もともと拾い読みして、読んでない文章もあるのでは
ないか。なんとなく、そんな気もしてくる・・)
「１３年ぶり、待望のエッセイ集」と腰巻きの宣伝文句にあって、
奥付には、「１９９８年３月１９日 第一刷」とある。
巻末には、「初出一覧」も載っていて、９０年代前半から中頃にかけて
雑誌や新聞に掲載されたものが多い。
▼やまだ紫『しんきらり』をとりあげていたり、『男・女・家族』という随筆では
文中に「一九三四年生まれ五十七歳の男は・・」と自分のことを書いているので、
「１９９１年、山田さんは五十七歳だったのか。ずいぶん若いではないか！」
と驚いてしまう。いまの私よりも１１歳も年下の年齢である。
実際の山田さんは、私より１１歳年上の１９３４年(昭和９年)生まれなんだから、
「私より若い山田さん」に驚くのも当然だと思う。
現実の世界では、１１歳の年齢差をちぢめることはできないが、
１１歳年下の山田さんと「本」の中では会える。
▼『自作テレビドラマをめぐって』というのが「本」の中程にあって、他のページと
色を違え「グレー」のページの２段組で差し込まれている。「作品名」＋(制作年)を
それぞれの文章の題にして、自作１５作品について書いている。
・「早春スケッチブック」(1983)
・「ふぞろいの林檎たち」(1983)
・「日本の面影」(1984)
・「冬構え」(1985)
・「ふぞろいの林檎たち�供�(1985)
・「今朝の秋」(1987)
私が観たドラマで印象深い作品だけを抜き出してみても、みな１９９１年以前であり、
作品を作ったとき、山田さんは更に若く、４９歳〜５３歳であった。
▼「５０歳くらいになっても」『ふぞろいの林檎たち』を書き、一方で、
「５０歳くらいで」『冬構え』や『今朝の秋』を書いている。
若者・中年・老人、そして、女・こども、それぞれの「今」に共感し、
「ドラマ」という形に加工する力量、いや感受性か、それに改めて驚嘆する。
私は自分の母が、亡くなる前、特別の用事はないが便が出にくくなっているし、
咳も出るようになった、と電話してきたとき、邪魔くさそうに「病院に行って、
見てもらったら・・」と、その位のことしか言わなかった。
いま振り返れば、それは親と子の「ドラマの一場面」になるかも知れないが、
その夜、電話がかかってきたとき、私はそんな「シーン」になるとは思わず、
母に共感というか、「母」という親のことを思ってみてもいなかった。
▼あるとき、私が「山田太一のドラマが好きだ」と言ったら、その人は、
「へぇーっ、不倫ドラマが趣味ですか？」と返されて、絶句したことがある。
今回、読み返してみて、たとえば『丘の上の向日葵』のドラマの展開について書いた
『抑制と情事』や、『五月の三日間』と題した「一九八八年五月某日」の日記風の
随筆、また『男・女・家族』でも、前に読んだときと違った眼で読んでいる自分に
気づいた。
年齢が１１歳年上の山田さんでなく、「年下の５５歳前後の山田さん」を感じている
のだ。
▼再読すれば、「やはり読んでいないな」と思ったり、線が引いてあっても、
さっぱり思い出せなかった「文章」が多い。
記憶とはそんなものであろう。
どこでどう働いているかわからないが、記憶に残る残らないの「選択」が
やはり働いている。
▼「自作再見 『岸辺のアルバム』」という文章がこの「本」にある。
連続ドラマ『
岸辺のアルバム』は私にとっても、衝撃的な作品だった。
１９７７年制作とあるから、あの「７４春闘」の３年後である。
おそらく私は鬱々とした気分を抱えながら、テレビを見ていたのだろう。
その前の年、１９７６年には『男たちの旅路』を見ている。
そしてこのあたりから倉本聰・向田邦子・早坂曉などの作品と同じように
「
山田太一」脚本というドラマを注意して見るようになったのではないか。
▼だが、この「本」には『岸辺のアルバム』について、こんな事が書いてある。
「この作品は前年の７６年に、新聞の連載小説として発表されたが、
連載中はほとんど反響がなく、張り合いのない思いをした」
また、放映が始まってからも、そうだった。
「当時の平均視聴率は14.1%（ビデオリサーチ調べ、関東地区）とそれほど
でもなかったが、その後評価が高まり、現在では、テレビドラマ史に残る
名作という評価が定着している」(
ウイキペディア)
▼そして、山田さんは次のように書いている。
「物語は多摩川の堤防の決潰(けっかい)で終局を迎える。家を流されて
何もかも失った家族が心の持ちようを変えるのだが、それでは洪水が
なかったらどうなのか、と言われたことがある。
人物たちの変化を偶発した災害に頼るのはフェアでない、と。
しかし、私には日本人がただ内発的に変化するなどということをあまり
信じられない。災害が恩寵(おんちょう)のように作用してしまう結末を、
今でも別に反省していないし、日本人の変化はそんなものではないかと
思っている」
▼作品のモデルとなった、台風１６号による堤防決壊で、狛江市の民家１９戸が
流出した「多摩川水害」は１９７４年（昭和49年)９月のことである。
阪神淡路大震災は、１９９５年（平成7年）１月１７日。
東日本大震災は、２０１１年（平成23年）３月１１日。
そして、山田さんが「災害が恩寵(おんちょう)のように作用してしまう結末を、
今でも別に反省していないし、日本人の変化はそんなものではないかと思っている」
と書いたのは、１９８９年５月２１日の「朝日新聞」紙上であった。
二つの大きな震災があったずっと以前、今から２５年も前に、山田さんは
「日本人の変化はそんなものではないかと思っている」と書いていた。
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