事後の後、俺は罪悪感と自己嫌悪、発散による爽快感が微妙に混ざった状態で白音の膝に顔をうずめていた。
別れようと思っていた女の膝を借りている自分はひどく情けなく滑稽だろう。
それでも俺はそれを止めることができなかった。 矛盾する状況がますます自分自身の覚悟の無さを如実に表していてますます落ち込んでしまう。
「友和さんはそのままでいいんですよ」
そういって慰められるとますます死にたくなる。 が、それでもその言葉が嬉しい自分もいた。
自身のことなのに男と女はどうしてこう非論理的なものになってしまうのだろうか?
「それじゃ欲求不満と酔いも消えたようだしサークルに顔を出しにいきましょうか?よろしくフォロー頼みますよ部長さん」
まだ俺達が普通だった頃のように女の子らしく笑って促す。
ああ最初はこの笑顔を好きになったんだった。 まったく騙されたものだ。
だが同時に彼女なりの気遣いなのだろうということには気づいていた。
「そうだな……サークルのマドンナが居ないんじゃ男連中が寂しがるからな」
いつまでも未練たらしく落ち込んでいてもしょうがない。
気を取り直して『本当の意味での軽口』を叩きながら立ち上がった。
「あまりそういうこと言わないでくださいよ……私はメイク兼裏方として演劇サークルに入ったんですから」
困ったように眉を下げる白音の肩に手をポンと置き、
「もう、諦めるんだ……白音は可愛いからな、どうしたって男連中の目には留まるんだ」
「……そりゃ私だって好きな人に可愛いって言われるのは嬉しいですけどなんとも思ってない人に言われても……その……嬉しくないんですけど」
彼女の独白に気づかないふりをして玄関から出る。
その後を白音がパタパタとついて出てくる。
「準備はできたな? 出発するぞ」
そして大学に向かうために駅へと歩き出す。
人があまり居ないスペースの座席へとまっすぐ進む。
座り込んで一息をついた。
やや遅れて白音も一人分を開けて着席する。
大学はここから電車で20分というところだ。
ガタタン ガタタン
ガタタン ガタタン
「…………」
「…………」
電車に乗っても二人の会話は特に無い。
それはいつものことなので気にしない。
ただ静かに電車が駅に着くのを待つだけだ。
「……ねえ友和さん?」
珍しく白音が話しかけてきた。 少し驚いたができるだけ穏やかに返事をする。
「うん?なんだ?」
「こんな女で……ごめんね」
ポツリと言った言葉は驚くほどはっきりと耳に入ってきた。
「……俺がお前をそんな風にしちまったんだ」
いくら言い訳を重ねたところでそれは事実だ。 だが同時に俺は別れないとは言わない。
どんなに白音に対して負い目があったとしても、罪悪感を持ったとしても俺は俺の人生を守り続けなければならない。
自ら落ちていく人間を俺は引きとめはしても助けることは出来ない……たとえ俺が『堕落』の原因だったとしてもだ。
最低のエゴイスト……それが俺の正体なのだ。 彼女のことを悪くは言えない、俺も彼女と同等それ以下のクズでもある。
このまま進めば近いうちに別れが訪れるだろう。
それは俺から言うかもしれないし、白音から言うかもしれない。
あるいは公権力の名の元に白音が俺から強制的に離れることになるか、それとも俺が過去のことで同じように強制的に離れることになるか。
もっと言えば彼女がこの世から居なくなるということだって考えられる。(あの酒量なら考えられる)
そして俺が来年も再来年も白音と一緒にいるのなら……。
それはきっと……。 それはきっと……俺が彼女と一緒に奈落の底へと堕ちることを決めたということだろう。
二人の間に会話はもう無い。
息苦しいほどに……。
その沈黙が二人の未来を暗示しているようだった。
電車はまだ走っている。
まだ駅には着かない。
ガタンガタンと一本道の線路の上を走っている。
俺と彼女は一体どうなるんだろう……?
フワリとシャンプーの香りに混じってあの煙の臭いがした……。
終了
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