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2013年11月24日01:44

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彼女を堕とせ 蜘蛛のように(第8章)

うっ、うう……おえっ……がはっ……うっ…」

 芳しいバラの香りに包まれながら胃液をしゃがみこんで便器に吐き出す。 

 安っぽい芳香剤から香る人工的なバラの香りと酸っぱい臭いが混ざり合って余計に吐き気を刺激してくる。

 優香と愛し合い、楽しげに談笑し、彼女の部屋を出て、帰りがけに出会った彼女の母親に爽やかに会釈を返し、決して遠くは無い我が家へとゆっくりと歩んで、全てのツケを払うように便器に汚物を撒き散らす。 

 感情ではなく本能が拒否するセックスを貫徹し、グルグルとした眩暈を起こすような嫌悪感を全身で感じ取りながら俺は自身の罪をいま償わされている。
 
 それでも後悔はしていない。 することは出来ない。 

 まるでトランプで作られたタワーのようだ。 

 一箇所組んでしまえばもう手を出すことは出来ない。

 たとえ目標まで積み上げられないと分かっていても文字通り進むことしか出来ない。

 そうだ……俺は戻ることは出来ない……こうしていくしかない……こうやって進むしかない……誰も助けてくれる人はいないのだから。

 全身が震える程に反吐を吐き、そこから動くことすら出来ず、たらふく酒を飲みすぎた酔っ払いのように便器を抱えて涙を滲ませて胃の内部を排出しつづける。

 吐き出すものが無くなって空っぽになってもそれでも吐き出せと無理やりに身体は嗚咽を強制する。

 いっそこの世からも追い出して欲しいと思う。 ああそれでも俺はあっちでも優香を求めるのだろう。

 やっと脳みそは胃が空っぽになったことに気づいたようで、荒い息と粘性の高いよだれを名残にやっと収まった。

 携帯で確認すると帰宅してたっぷり数十分の間これを繰り返していたようだ。

 なぜか自嘲気味に笑ったところで、手元の携帯が震える。 

「……も、もしもし……うっ、ごほっ……」

 反射的に通話を押して咳きのおまけを付けて電話に出る。

「久しぶりね……体調が悪いようだけど大丈夫かしら?」

 爛れて熱を帯びた内臓がヒヤリと冷やされるような声が耳に入ってくる。

「あ、あんたか……何の用なんだよ」

「あら友達に電話するのに特別な用事なんて必要なの?」

「……はっ、はは……あんたが友達ね」

 笑いが漏れるように口から出る。

「ええ……そうよ、私と貴方はお友達……とってもとっても大事な大事なお友達よ」

 悪魔が囁くように笑う女に何も言えずに黙り込む。

「ちょっと〜、何か言ってくれてもいいじゃない。そんなにあの子と東田君のツーショットがショックだったのかしら?」

 そうだ……そうだった。 優香が壊れてしまったのも、俺がこうやって内容物を引きずりだされているのも全てこの女が原因だった。

「ああ、あんたのおかげで毎日が楽しいよ」

「簡潔に嫌味をありがとう」

 お礼を言って俺の嫌味を平然と受ける。

「悪いんだけどいま最低に気分が悪いんだよ。電話切ってもいいかな?」

「私は最高の気分よ……それでどうかしら?」

「……何がだよ?」
 質問の意味がわからない……一体何がどうなんだというんだ?

「負け犬で淫乱なダッチワイフな彼女とセックスする気分はどうなのって聞いたのよ」

「はっ?」

 一瞬で頭に血が昇る。 強烈な嘔吐と酸欠でぼやけていた脳内にカッと何かが走って視界はクリアになっていく。

「いま一体なんて言ったんだ?」

「あら……ずいぶんと怖い声を出してくれたわね。やっと二日酔い見たいなダルそうな声が変わってすごく嬉しいわ……でも駄目ね、トイレの窓があいてるわ……近所の方にも聞こえるわよ?」

 口元についていた嗚咽の名残を乱暴に袖で拭き取ってトイレの窓を覗き込む。

 こちらからは何も見えない。 トイレの扉を乱暴に蹴り開けて玄関から外に出ると、

「やっほー、調子はどう?」

 まるで親友と出会った時のようにニコリと笑ったあの女が立っていた。










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