水で濡らした手に、化粧品のような外観の手洗い薬を少しだけつけてそれを広げる。
上品な香りが鼻腔を刺激し、フワリとした泡が手首から先を全体的に包んでいる。
流石に滅多なことでは使わない『ワンランク上の店』なだけあり、掃除も含めて全てが行き届いている。
丹念に爪先まで洗いながら、少しだけ機嫌が直っていることには気づいた。
しかし水で洗い流されるようには不機嫌は綺麗には消えてはくれない。
「まったく……我ながらまぬけな話だな」
洗面台の鏡に写る自分に呟きながら、トイレを出て行く。 もちろん自前のハンカチで手の水分を拭き取りながら……。
「失礼……中座して悪かったね」
感情をこめない言葉で予約していた個室に戻り席に着く。
「は……は、はい……」
ぎこちなく答える少女に俺はさてどうしたものかと思案する。
目の前にいるのは少女だ。 残念ながら女ではなく少女だったのだ。
なるほど確かにそれなりに化粧もしているし、ややつり上がった瞳は可愛いというよりも美人という表現があっているのかもしれない、しかし残念ながらどこからどこを見ても未だ未熟な肢体な少女だった。
まったく……こんな小娘に騙されていたとは。
内心、毒づきながらも流石に態度には出さない。 少なくとも、この俺もこうやって会うのを楽しみにしていたことは事実だし、実際に以前から何通もメールや電話をしてお互いに『趣味』が合うことも理解しているのだ。 それゆえに多少の奮発をしてこうやってこの個室で食事をしようということになった。
唯一の問題は彼女が自己申告よりもかなり年齢が低かったということだけだ。
「それで……メールでのことは本当なのか？」
「は……はい……」
やや顔を赤らめながら俯くその仕草には未だ女らしい艶やかさが無く可愛らしいという感想以外が出てこない。
「しかし俺はすでに一つ嘘をつかれているからな」
「そ、それは……本当のことを……いったら……相手……にされない……と思って」
「だからといって二十歳の女子大生というのはないと思うけどな」
「……け、結構大人っぽいって言われるから……大丈夫かなと思って……それにあんなこと周囲の人には……言えないですし」
最後については同意だ。 俺も彼女もある一つの一般的ではない趣味を持っており、それはとてもではないが言えることではない。
それは親友や家族にだってなかなか言えることじゃない。 その点だけは痛いほどに気持ちがわかる。
「まあいいさ、食事がてら話の続きをしよう」
俺がトイレで手を洗っている間にあらかじめ頼んでおいたものが来ていたのか律儀に彼女と俺の前に小皿が用意され、その中央には品名『アボガドと豆腐のサラダ』が鎮座していた。
「は……はい……あっ……」
彼女が戸惑ったように固まる。 俺が豆腐の上に飾られたアボガドを手に取って彼女の口前に突き出しているからだ。
予定していた行動のいくつかは中止することにしたが、実際に彼女が本当に俺と同じ、いや同じカテゴリーで対極な趣味をしているのかを確認することにした。
小娘に騙され、これで趣味まで騙されていたのでは笑い話にもならない。
「大丈夫……そのためにいま手を洗ってきたんだよ」
「は……はい……」
意味がわかったのか、わからなかったのか彼女はゆっくりとその薄桃色の唇を開く。
俺は無表情でアボガドを彼女の前歯に当て、ゆっくりと力を入れて潰していく。
すぐに指先が歯に触れ、その周囲には潰されてペースト状になったアボガドが存在している。
それらを指ですくい上げ、口内で弄ぶ。 舌の上に乗せると反射的にだろうかヌメヌメとしたそれが俺の指に絡みつく。 まるでしゃぶりつくように彼女は俺の指を根元まで入れ、うっとりとした瞳でアボガドを吸い尽くす。
唾と混じりあったアボガドが全て飲み込まれたところで、俺はゆっくりと指を彼女の口から抜く。
名残惜しそうに唇と指先の間にトロリと糸が垂れていた。
「ふむ……上手じゃないか」
無感動に褒めると、
「あ……ありが……とう……ございま……ふ」
潤んだ瞳でこちらを向いて返す。
よかった……少なくとも彼女がついていた嘘は一つだけだったようだな。
「ほら……もっと食えよ」
もう一つ掴んで今度は強引に彼女の口腔に突っ込む。
唇の端からシーザーソースがこぼれ落ち、それが唾液と混じって薄白色となって顎をつたいポタポタとテーブルの上へと落ちていく。
ああ、それを見てますます興に乗ってきてしまう。
「あっ……ふっ……あっ…あふっ……」
どんなに親しい人間だろうと触れられることがないであろう内部にはグジャグジャとした感触のアボガドと彼女の唾液、そしてその中をまるで蛇のように蠢く俺の指がある。
彼女は目を瞑り、俺のされるがままになっている。
こなれさせるためにまだ奥には入れないで上前歯の裏側を丹念になぞりながら反応を楽しむ。
不安そうに少しだけ震え、でも決して吐き出そうとはせず、たまにふにゅふにゅとした舌が指の根元に触れる。 それだけで俺の背中はゾクゾクとした何かに身震いてしまう。
そして二個目のアボガドも無くなり、内部は純粋に彼女の分泌液だけとなっているが、今度は指を抜かず彼女の舌を優しく撫でてやる。
やはり異物が入った状態では飲みこみづらいのか、トロトロとした液体が大分舌の裏側に溜まっており、それらを指の腹ですくってまた舌の上に乗せて広げてやる。
「はっ……はあっ…ちゅぱ……ちゅ……」
音だけでは、何か別のことに勘違いされてしまうような音が個室内に響いている。
テーブルの上にかけられている両手は開かれ、微かに震えている。
そっと空いた方の指をテーブルとその間にすべりこませるとじっとりと湿っていて、それに反応したのかビクリと一瞬身体が跳ねる……が、それでもくわえこんだ指は吐き出そうとはしない。
むしろ更に奥へと誘うようにしているような感触さえしている。
身体も震えていはいるが、それが恐怖ではないことは確かであり、おそらくは俺と同じ類の感情を共有していることにドロリとした喜びで口角が上がる。
熱っぽい吐息と屈折した二人だけが個室の中には存在していた。
第二話『快感ドライブ』
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