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2013年11月14日23:32

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彼女を堕とせ 蜘蛛のように(第6章)

 放課後の部室内は騒然としていた。 

 部員数とは不釣合いの小さな部室にはそれこそ満員電車のように人々がひしめき合って、ある一点を見つめ、ある人間は悲鳴を、ある人間は怒声を上げて様々な感情の発露を発していた。 

 しかしその感情の源はその全てがネガティブあるいは一部の人間にとっては途方も無いほどの悪意と言っても過剰ではないほどに強く煮えたぎったものだ。

 俺はというとその集団の姿を部室の端っこで放心したように座り込んで、無感動に眺めていた。 やがて噂を聞きつけたのかある人物が走ってくる。

 ああ……終わりの始まりが来た。

「こ、これは……」

 予想以上に群がっている人々の姿を見て東田は言葉を失っていた。 そしてその人々が彼が到来したことを知り、振り返って見せたその表情と感情に更に言葉を失っていく。

「……これはどういうことなの!」

 誰かがヒステリックに叫んだ。 

 まるで子供を殺された母親のように半狂乱となったその問いかけに一瞬気圧されながら反論をこころみる。

「こ、これ……は何かの間違いだよ……た、確かにこのときは二人でいたけど……い、いつもは三人で……」

 救いを求めるように東田が俺を探す。

 しかし怒りと嫉妬そして『二人』という単語を聞いてしまった件の女生徒は声にもならない金切り声と論理のともらない文句を焼却炉の煙突から出る煙のように、その黒い感情を東田にぶつける。

 彼女だけではなくてその女生徒の友人達(まあ同じく東田に好意を抱いていたであろう女狐たちだが)も『ひどい』だの『裏切られた』等の東田本人からしてみれば夢にも思わなかったであろう言葉の艦砲射撃を続けている。 

 理不尽で論理の欠片もない言葉の石礫を、おそらくは初めて浴びせられ、東田は悪意の前に軽口も叩けずにただ受け続けている。

 その間にさえも東田に好意を持っていたであろう女生徒達の責めは続いている。

 一方的な好意を勝手に抱き、そしてそれを無下にされた(本来なら責められる立場にはないはずなのに)ときには今度は一方的な怒りを覚えて相手を責める。

 そしてそれが相手にとってどれほど不快で自分自身がどれだけ醜いかも気づかずにまるで性欲処理をするためだけに性行為をしたがる男ほどに自分勝手だということにどうして気づかないのだろう。 

 ため息が出そうなこの情景に少しだけ視線を逸らして天井を見上げる。 

 優香の顔が一瞬浮かんだ。 

 今からでも遅くはないから彼女をこの悪意と嫉妬に煮こまれた鍋底のような地獄から離すべきなのではないだろうか?

 しかし俺の心の片隅にだけ一滴残ったその善意は圧倒的なまでのエゴと絶望に飲まれてしまう。

 所詮、今日逃がしたところで結局明日になればその鍋底に引きずりこまれてしまうのだ。

 いやむしろ丸一日煮込まれたその悪意達はより熟成されて優香を飲み込んで跡形もなく溶かしてしまうのだろう……その精神を。

 逃れることの出来ないのなら少しでも熟成が進む前に放りこむに限る。 たとえそれが刹那の可能性だとしてもだ。 

 俺は彼女を突き落とすだろう。 そのまま壊れてしまうことが分かっていても……。

 自分自身のエゴで最愛の人間を苦しませることに対して、俺の中に一滴だけ残った善意はエゴイズムのスープの中でも決して溶けずに、吐き出してしまいそうな程の苦味となって今もそしてこれからも、さらに言うならば刹那の可能性を潜り抜けた最高の未来の中でさえもいつまでも心の口内に残り続けるだろう……わかっていてもそれを俺は止める事はしないのだ。

 東田への責めはまだ止まっていない。 しかしやっと落ち着いたのか彼女たちの言葉が途切れ始めた。 さすがに弾切れをおこしたのか?

「まあ……東田君だけが悪いじゃないし、むしろ主役の一人なのに全くやる気が見えなかった上にこういうことだけは熱心なあの子の方が問題よね……そう思わない?みんな」

 最初に東田を罵倒した女生徒が半ば強要するように同意を周囲に求める。

 彼女の剣幕に圧倒されたのか、それとも何だかんだと男女供に好意を抱かれている東田を庇うためなのか何人かの男女が小さく同意する。 それだけでそれは十分だった。


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