●2013年10月16日 (水) 未明 雨(早朝の散歩は無理だろう)
▼年が明けて、「十五の春」は「一の字」ではなく、
「大銀の茶屋」で迎えた。
父は、宮崎の市街地が北に延びることを、商工会議所の
交通量動向調査などをやって、主張していた。
橘通り6丁目のロータリーの近くの、鉄工所の跡地に
飲み屋街を作ることを計画し、昭和36年(1961年)の年初め
ごろに出来上がった。
▼我が家「大銀の茶屋」は、その飲み屋街の一番奥にあり、
一階は店とトイレと、2階に上がる玄関とがあった。
2階は、2つに区切ることのできる16畳ほどの広間(宴会場)と
6畳が2間あった。
2階の6畳には、店の玄関の方の階段とは別に、もう一本
階段が設けられ、広間を通らず、2階の6畳に上がれるように
なった。
前より、営業面積は4倍くらいに膨れ上がり、お手伝いさんが
来るようになった。
▼いままでは、運動靴で学校に通っていたのに、高校では
下駄ばきに変わった。
朝、登校する時、玄関の土間のコンクリートと下駄の歯が
あたって、カッカッと鳴るのが、爽快であった。
小学校と中学校とは違うが、中学と高校の違いは、その何倍
もあった。 大人になった気がした。
▼高校は、古い木造の2階建ての校舎が数棟並び、南にはあとから出来た
鉄筋の家政科があった。
木造校舎は、みな高床の板張りの廊下でつながっていて、
履いている下駄は、文字どおり下駄箱に入れて、廊下は裸足で
歩いた。
▼私たちの教室は、「55」といい、5棟の5番目の教室だから
「55」といった。
学年名もなく、1,2,3・・、あるいはA,B,C・・のクラス
分けの符号もないので、「55」とか「21」とか言っても
それが何年生で、学年に何クラスあるのか、部外者にはさっぱり
分からなかった。習熟しないと、在校生でも分からなかった。
「55」は木造校舎の2階の教室で、南側の窓のそばに、ニセ
アカシアの大きな木があって、黄色の花をつけた。
揺れる枝が窓にふれそうな感じだった。
▼「大人」になるということは、生意気になることでもあった。
教師には、ほとんど皆、あだ名をつけた。
「ゴリズン」「ごっつん」「馬面短人面長」など、先輩たちから
引き継がれているあだ名もあったが、自分たちが授業を受ける
教師には、新たに命名することもあった。
▼クラス担任の数学教師は、まじめで、誠実そうな感じの人物で
あったが、自分の教える数学の点数で、生徒の人格まで評価する
ようなとろがあった。あだ名を「イタチ」と云った。
私たちは、当時、流行っていた橋幸夫の歌を借用して、
「イタチの伊太郎、ちょっと見なれば・・」と陰で唄った。
また、担任の数学の授業が始まる前に、黒板に「イタチ」と
落書きし、教師がどんな反応を示すか、私たちは興味深く見守った。
▼担任は教室に入ってくると、黒板の「イタチ」の文字を一瞥した。
しかし、何食わぬ顔で、教壇に立った。
そして、気づかなかったような振りをして、サッサっと
「イタチ」の落書きを、黒板消しで消してから、授業を始めた。
その無言の動作で、私たちは、彼が自分のあだ名が何であるか、
自覚していることを知った。
▼また、森山加代子の唄が流行っていて、こんなこともあった。
「現代社会」を教える眼鏡をかけた老教師は、大学教授の
ように、自分のノートを読み上げ、それを生徒に書き取らせる
ような、時代錯誤の授業をしていた。
猫背で、うつむいて、教壇のテーブルに広げたノートをただ読む
だけだった。
生徒に関心をもったり、生徒の方を見て、自分の話をする、
ということが全くなかった。
おそらく彼は、今の流行り歌など、知らないだろうと思った。
▼そこで、ある日、私たちは、教壇のテーブルに置かれている「出席簿」の
名前の最後に、「森山加代子」と書き加えて、彼が来るのを待った。
教師は、黒い厚表紙の「出席簿」を開いて点呼をとりはじめた。
順に名前が呼ばれ、私たちは、いつになく明るく軽やかに
「は〜いっ!」と返事した。
そして、さあ、来るぞ、来るぞ・・、
と待ち構えて、最後の名前が呼ばれるのを待った。
▼「森山さん」と老教師は点呼した。
下を向いたまま、また「森山さん」と呼んだ。
返事は、無論なく、私たちは口をつぐんで笑うのを必死で堪えた。
なかに、聞こえないように、忍び笑いする奴がいた。
忍び笑いを聞くと、こっちも釣られて笑いそうになった。
▼「森山さん、森山加代子さん」と何回か呼んで、
教師は頭をあげて、私たちを見た。
もう、堪え切れず、私たちはどっと歓声をあげて笑った。
教師は生徒が何を笑っているのか、さっぱりわからず、
奇妙な顔つきで、私たちを眺めた。
その顔に、またどっと歓声があがった。
私たちは可笑しくて、もう、涙が出てきた。
▼教室の笑いが治まらず、どうしていいか戸惑っている教師は、
私たちが笑う理由は分からぬものの、
自分も笑われていることを理解し、今度は、静かにするように、
怒り出した。
私たちは十分笑って、まだ笑いを引きづりながら
ノートをとる準備をした。
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