名作『
ブルー』におけるジョニ・ミッチェルのボーカルに関して、僕は「無色透明の水のようにあらゆる属性に分類されない声」と評させてもらったが、それは全面的に誤りだったことを認めよう。
本作『コート・アンド・スパーク』を聴いて、ジャズやフュージョンを横断した多彩な音楽性よりもなによりも、まず僕の耳に飛び込んできたのは、ジョニの主張の強い「声」だったことを打ち明けたい。彼女の身になにが起こったのか心配に思えるくらい(笑)、声帯そのものが進化しているように思える。あるときは厳格な聖職者のように強く厳しく、あるときは人生を悟った老婆のように疲れ果てている(ように聴こえる)。可憐なハイトーンボイスを響かせた無垢な少女はもういない。賛否はあるかもしれないけど、僕は本作を聴いて「シンガー」としてのジョニ・ミッチェルがより好きになってしまった。
そして歌声に惚れ込んだ後、次に気に入ったのは先行シングルとなった“陽気な泥棒”や、“パリの自由人”のあっけらかんとしたキャッチーさ。ブルース・スプリングスティーンがやりそうなスタイルの“陽気な泥棒”は胸を鷲掴みにされる軽快なロックンロールだし、“パリの自由人”で聴けるダブル・トラックで録音されたコーラスなどのアイディアはポップ・ソングとしてとにかく秀逸。
だが、あくまで楽曲を支えているのは、本作にて大々的に起用されたフュージョン系のミュージシャンたちによる卓越された演奏に違いない。品が良く、気が利いている。これぞ本作における「真価」の部分かも。基本的には歌の邪魔をしない抑制された演奏で、はじめは割と通り過ぎてしまいがちなんだけど、たとえば他のどんなロック音楽にもない独特なエッジの効かせ方をしているというか、非常に聴き応えのある演奏なのです。エレピやブラスの使い方が独創的で、ただの思いつきではなくちゃんと音楽内の必然性を伴っているように感じられる。
というわけでして、『コート・アンド・スパーク』。まずジョニの歌声に惚れ込み、次にポップな曲にやられ、その後は演奏の奥深さに感嘆するという、いくつかの段階を経ることで本作の世界観に没入した自分。作品に複数のパースペクティヴが介在していることで、複雑な音楽性とは相反し、ジョニ作品でも比較的とっつきやすい部類と言えるかも。
世間的には『ブルー』の方が有名かもしれないけど、個人的には僅差で本作を推したい気持ち。本当に、ジョニ・ミッチェルの音楽家としての才能が「スパーク」している傑作だと思います。
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