■記憶と欲ばり
●きょうも暑い。
まぶしいばかりに陽光が降り注ぐ。
でも、東北南部では、また大雨のおそれと
天気予報ではいっていた。
部屋の中では、暑い、暑いと言いながらも
風が通ると、けっこう涼しい。
うちには、エアコンはないけど、そんな生活を
もう２０年以上もやっていると
扇風機にあたるだけで極楽の気分である。
かんかん照りの夏は、屋外では
ほんとうに汗だくだくになる。
ぶったおれそうになる。
自転車で御用聞きをして西宮の町をまわっているときは
そうだった。
それがどうだ。
家の中にいて、仕事もせずに
昼寝なんかしていると
じっとり汗をかきながらも
足をテーブルに放り投げて
奇妙な幸福感にとらわれる。
扇風機と、カーテンをゆらして通り抜ける風とが
交互に顔をなでていく。
目を閉じ、外の音に耳をすます。
ほとんど物音がしない。
カラスが鳴いて、郵便配達のバイクが
通っていった。
私の頭の中には、
ハレーションをおこした写真のように
暑くて人気のない公園の
木々の緑が写っている。
●自分では「老人」とは思っていないけれど、
６０の坂を越えれば、気弱にならなくとも
自然に「老人」になっていくことを
体が教えてくれる。
たとえば、きのうベランダに出たとき、
右足の親指の付け根にできた「魚の目」が
ベランダの床に張られた、プラスチックの人工芝に
直接あたらぬように、かばった。
「魚の目」は気づかぬときは、ちっとも痛くないのだけれど
気にしだすと、歩くときも痛い。
風呂に入った折に、また、とってやるつもりでいたが、
きのうは、まだ、あった。
それで、プラスチックの芝が「魚の目」を刺さないように
やや右足の内側を浮かすようにして、足を踏み込んだ。
そしたら、重心がおかしくなって、右足の外側に足をひねるような
格好になって、よろけた。
幸いそれだけで、捻挫はしなかったが、かつては
こんなことはなかった。
●妻の母は、亡くなる前に、自分の記憶を失った。
神戸から看病に行った妻に、
「どなたか、よく存じませんが、お世話いただき
ありがとうございます」
と、礼をいった。
私は、まだ、そんな兆候はないけれども、記憶のことを
考えると不思議な思いになる。
目がかすむように、記憶もかすむ。
あったことは、なくなりはしないけれど
ゆるやかに、たしかに記憶からは消えていく。
消えた記憶はどこへ行ったのだろうか。
と、ぼんやり考える。
そして、もう片方で、私は、新たに何かを記憶しようとする。
自分がとほうもない、「欲ばり」に見えてくる。
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