■俳句の「切れ」について
●わたしは、俳句を詠（よ）まないけれど
なんとなく惹（ひ）かれるものがあって、
たまに、ＮＨＫのＴＶ「
俳句王国」を見たりする。
選者の人がその句をどう読んだか、
その説明、解説を聞くと、
うぅ〜ん！ なるほど！
と感心し、自分も同じような
俳句的なるものの世界に、ひたったような気分になる。
●俳句は、わずか十七音の、世界でもっとも短い定型詩
である。
だから、芭蕉にしても、蕪村にしても、その句は
赤ん坊が口走る舌足らずな片言隻句（へんげんせきく）の
ようでもある。
だから、俳句の言葉は切れ切れで、みな破れているように
見える。
しかし、逆に、この破れから、広大な空間や悠久の時間を呼び込もう
としたのが「俳句」であり、俳句の「切れ」とはそういうもので
あるらしい。
（
長谷川櫂「俳句的生活」によれば・・）
●芭蕉はあるとき、高弟の去来と丈草（じょうそう）を呼び、
「切れ字」のことは昔からの秘伝であるから、人にやたら語っては
いけないと口止めした上で、
「切れ字を入るるは句を切るため也。
切れたる句は字を以って切るに及ばず」
と、事細かに実例をあげながら、俳句の極意ともいえる「切れ字」に
ついて教えたという。
（「去来抄」によれば・・）
つまり、「切れ」がなければ「俳句」ではなく、
すでに切れ切れになったカタコトの十七音に、さらに
「や」「かな」「けり」などの「切れ字」を入れるのは
ただただ、「俳句」に「切れ」を作るためである、という。
●また、芭蕉は、
「切れ字に用ふる時は、四十八字みな切れ字也。
用ひざる時は、一字も切れ字なし」
と言い、俳句の出来には四種があると説明した。
つまり、「切れ字」を
・入りて切るる句
・入りて切れざる句
・入れずして切るる句
・入れずして切れざる句
の四種類である。
「切れざる句」とは、いわゆる「なまくらな句」のことで、
「俳句」の命とは、実に、この「切れるか、切れないか」に
かかっている。
●「古池や蛙（かわず）飛び込む水の音」 （芭蕉）
この句は、通常、
「古池に蛙が飛び込む水の音が聞こえる」
と解釈される。
しかし、これは「切れ字」の「や」の働きを見落とした解釈で、
もし、この解釈が正しいとすれば、「これで閑寂な境地をうち開いた
名句などといわれても、狐につままれたようで、どこが閑寂なのか
さっぱり、わからない」、と長谷川櫂さんはいっている。
この句は、そうではなく、「どこからともなく聞こえてくる
蛙が飛び込む水の音を聞いている」（現実）と、「心の中に古池の
面影が浮かび上がってくる」（想像）と言っているらしいのである。
「や」で、現実と心の中のイメージの世界を、きっぱりと切ることで
この句は「閑寂なる心境」を際立たせている、ということになる。
（参考サイト）
・著者に会いたい「
古池に蛙は飛びこんだか/長谷川櫂さん」
●「さまざまの事おもひ出す桜かな」 （芭蕉）
この句も、切れ字「かな」が遥かな記憶の彼方から一本の
桜を呼び起こしてきて、目の前の見ている桜と、思い出す桜が
それが重なる。
「かな」の働きは、ただ「さまざまの事おもひ出す桜」
といった場合と比べれば、その違いは歴然とする。
●「灰汁桶の雫やみけりきりぎりす」 （凡兆）
「灰汁桶（あくおけ）」とは、桶の中に灰を入れ、水と混ぜあわせて
その上澄みを滴（したた）らせ、これをとって染物の触媒に利用したが、
その灰汁をとるための「桶」のことである。
また、「きりぎりす」とは「コオロギ」のことで、古典の短歌、
俳句など、古くは「コオロギ」を「きりぎりす」と呼んでいた。
この句も、注釈書では「灰汁桶の雫（しずく）の音がやんだのち、
コオロギの声が聞こえる」と解釈している。
しかし、本当は、「コオロギの声が冴え冴えと聞こえると
思ったら、さっきまで聞こえていた灰汁桶の雫の音が、いつの間にか
止んでいる」ということである。
句の言葉の順にしたがって、「灰汁桶の雫やみけり」、そして
「きりぎりす（が鳴く）」という時間軸に沿って、ことは発生した
のではない。「きりぎりす（が鳴く）」のが聞こえ、
「灰汁桶の雫やみけり」と、気づくわけである。
つまり、「けり」があることで、今まで気づかなかったものに
ふと、気がついたことを表しており、「けり」とは、何かの
拍子ですっかり忘れていたことを思い出したという意味合いを
含んだ「切れ字」である。
●「や」「かな」「けり」という「切れ字」は、どれも俳句という
短い詩の中に、時間的・空間的な「間」を生み出す。
この「間」、つまり、切れ目に、時間的・空間的広がりが生まれる
のであるが、それは、みな、記憶・忘却・追憶・回想などなど、
すべて、人の心の動き、意識のあやに深くかかわっていることを
忘れてはならない、と長谷川櫂さんは指摘する。
いわば、「切れ字」によって、切った言葉の隙間に、人の
心の世界が入り込む、その「入り口」として「切れ字」はある。
「間」とは、単に、時間的・空間的な隙間ではなく、たぶんに
心理的なものである。
●芭蕉のいう「句を切る」とは、元来、そういうことであった
らしい。
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