1/20(木)、レンタルDVDで映画『レバノン』を観る。
長いレバノン内戦(1975-90)の中の1事件を扱った映画に、アリ･フォルマン監督の『戦場でワルツを』(2008)があった。ドキュメンタリーとアニメを結び付けるという不思議な映画だった。
2010年の3月に観たのだが、その感想は以下。レバノン内戦についても少しばかり触れている。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1446471631&owner_id=3341406
『戦場でワルツを』は、1982年9/16〜18のサブラ/シャティーラ･パレスチナ難民虐殺事件を扱ったイスラエル映画。
今回の『レバノン』は、イスラエル,仏,英合作で、同じ1982年の6/6、イスラエル軍が国境を越え、レバノンに駐留するシリア軍壊滅作戦を起こした1日を取り上げている。
述べた通り、『戦場でワルツを』は不思議な映画だったが、この『レバノン』も実に奇妙な映画だった。
冒頭とラストの僅かな映像以外、映画の場所は全て戦車内の狭く汚い空間だ。
外部は、戦車の射撃用スコープを通して見る画像のみで、リング型の照準目盛が画像の縁に付いている。スコープがあんなに早く角度が変わり、遠近共焦点が合うのか、実際のところは知らない。視野が変わる時は、早くても遅くても、必ず重たい機械音が伴う。
幾度も、そのスコープを覗くもう片方の眼がアップで写され、ある時は血走り、ある時は震えおののき、射撃手の心中を、観ている我々が覗き込む事になる。
戦車内の暗い小空間は、テレビ画面を通して、直接我々の部屋と繋がっているような気にさせる。スコープの画像は、我々自身が覗いているような気になってくる。戦車の搭乗軍人の顔を汚す油や埃や血で、我々の手も顔もべっとり汚れているような気がしてくる。
1982年のシリア侵攻で、イスラエルは初めての国産戦車メルカバを実戦投入した。シリアにはソ連(当時)製のT72型が配備されていたが、メルカバMk1は、それを多数撃破したとされている。メルカバは実戦経験による改善を続けて、今はMk4となっている。
映画の戦車がメルカバ型の実際と合致しているかどうかは判らないが、映画の冒頭で”1982年6/6”との具体的データが流された時、この映画の特殊な場所に一層リアルなイメージが投影されるのは、当然と言えば当然だろう。
映画の作戦では、戦車1台とパラシュート部隊が”臨時に”協働する前提となっている。したがって、大きな連隊の中で統率の取れた戦車部隊という構造ではない。司令官も戦車の外にいる。
たった1台の戦車は、その司令官から無線で行動指示をされるが、如何にも不馴れで、搭乗員4人(これはメルカバMk1の実体通り)の内1人は、その朝送り込まれた戦争未経験の若い兵士である。一応車長とされる男も年の差は殆どなく、内の統率は取れない状況だ。
これは、なかなか巧妙である、つまり、戦争のプロによる縦系列組織という態をなしていない、そんな設定にしてある。
想像を越えて(それが戦争と言うものだろうが)口を開けた死の生な現実に瀕し、嘔吐や小便等の肉体的反応が人智を越えて現れ、怖れ、慌て、利己に走り、感傷に浸り、無益な口論をし、それぞれの弱く卑小な人間性が露呈、最善策を導けない。
我々と何ら変わらぬ人間がそこにいる。スターはおらず、彼らと我々は交換可能だ。そこにリアリティがある。場所がそうだとしても、コントロールの効いた高度な古典的密室劇は、却ってリアリティを失わせるに違いない。
戦争という巨大な力の前では、スマートな人間等いない。
このようにタガを嵌める事で、却って映画がより多くを想像させ、より強く語り出す事はままある。
この映画はそのいい例だ。
監督･脚本 サミュエル･マオス(*)
撮影 ギオラ･ペジャック
編集 アリック･ラハブ･レイボビッチ
出演 ヨアフ･ドナ,イタイ･タイラン,オシュリ･コーエン,マイケル･モショノフ他
受賞 2009年ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞他多数
(*)マオスはレバノン内戦に従軍した経験を持ち、これが監督デビュー作となった。
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