昨年末12/20、豊田市美術館で「近代の東アジアイメージ」展を観て、島成園なる画家に初めて出会い、大変な驚きを感じた。
(参→
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1368310922&owner_id=3341406)
この女性画家についてはもう少し知りたいと思い、関連の書はないかと調べて図書館から借り出したのがこれである。
『島成園と浪華の女性画家』
小川知子編･著
東方出版 2006年3月初版発行
大変美しい印刷により、彼女の代表作も30作がピックアップされている。
その中には、豊田市美術館で観た『上海にて』も入っている。
通して観て、単なる類型的美人画家という範疇に収まらない凄味を、改めて感じた。
女流画家というと、大正から昭和初期には、京都に上村松園、東京に池田蕉園がいて、島成園を加え、”三都三園”とマスコミは称し囃した。
東京と京都にあっては、女性画家の登場は偶々の事、単発の出来事と言えるが、大阪では、女性の活動地盤があり、島もそういう素地の中から出てきた。そして、島の文展(文部省美術展覧会)入選に触発され、更に多くの女性が大阪に集い、次々と画壇に登場した。このありさまは、東京にも京都にもない、大阪だけの特徴である。
当書は、島成園を中心に置きながら、この辺り全体をテーマにしていて、タイトルはそんな由縁である。
しかし私は、この感想文においては、元々の問題意識に従い、島成園だけについて考えてみるつもりだ。
生まれは1892年(明治25)大阪府堺市、本名諏訪成榮。父は絵師、島栄吉、母は千賀。戸籍上母方実家の養女とした為、諏訪姓となった。兄は市次郎(号、御風)、後、図案家,画家となる。
母方の実家は、堺の廓にある有名な大茶屋で、成園絵画の多くのモチーフとなる花柳界には、幼少時から接していた。
家族に、絵に関わる人物は多く、それらから画法を学んで育っているが、正式な師弟関係と言えるものはない。
1912年(大正元年)、20歳で第6回文展に入選。『宗右エ門町の夕』で画壇デビュー。「まだ二〇歳で無名な女性の快挙というニュースは全国的に報じられ、同じ文展に入選した(女流画家)をさしおいて、賞賛と注目は初入選の成園に集中した。」
当時の画壇に女性は数少なく、女性は家庭で家族の為家事を専らとするのが常識であった。”閨秀画家”等という呼ばれ方にも、ある種、蔑視や妬みが裏に貼り付いた特別視のされ方が現れている。
マスコミからもて囃されつつも、それはそんな世の意識との両刃の上にあるのを、その後の成園は事ある毎に実感していかざるを得ない。当時にあって女流画家を続けていく事は、精神的な疵を深く残していく事との両輪であったろう。
例えば、本業と関係なく根拠もない恋愛ゴシップ記事が新聞に掲載されたりもするようになる。・・1916年(大正5)
成園は、美しいだけの美人画に飽き足らず、新たな境地を求め始める。
裸体の表現もその1つ。当時は裸体画に対する取り締まりが大変厳しかったが、その中で、『黒髪の誇り』を描き(1917/大正6)、しかし、第4回院展では落選の憂き目に遭う。
この作品には、裸体を描くと同時に、女性の内面心理へ迫ろうとする意欲が感じられる。
「上半身をはだけて乳首を露わにした半裸体の表現が艶めかしい一方で、思い詰めた女性の眼差しが怨念のごとき強い情念を感じさせる。着物の柄には般若をはじめ迫力ある能面がいくつも描かれており、女性の心情が圧倒的な凄味をもって代弁されている。」(写真1)
この内面への肉薄は、1918年(大正7)の『無題』において、更に突き詰められる。(上記url、12/20の日記に写真掲載)
「紛れもない自画像であり、(中略)女(中略)は、右頬に大きな痣をもつ。成園の顔に痣はないが、成園は『痣のある女の運命を呪い世を呪う心持を描いた』といい、傷付いた女の心情と、運命を見返すべき精神の強さを、自身の姿を用いて表現しようとした。」
しかし新聞上では、「適齢期を過ぎて経済力のある成園を揶揄する一方で、『無題』という題名には『何故ソレに適合した画題を付けない、無題など・・・は卑怯千万だ』と非難された。」
が、小川知子はこう続けている、「成園の画家としての内面の自画像である。世間の好奇や中傷のまなざしに曝され、傷つきながらも正面から見つめ返す女の姿に、成園の心境が示されている。」
1920年(大正9)には、『伽羅の薫』を第2回帝展に出品し入選を勝ち取るが、賛否は分かれた。(写真2)
精神が形態をデフォルメするという世界における、成園の1到達点でもあるだろう。
母親をモデルにして、年を加えた花魁の業のさまを描いた。姿は現実にあり得ぬ程細長く引き伸ばされ、後光の中、着物も簪も、それ自身がまるで生きもののように、うねり、自己を主張している。
日本画の到達した象徴主義の領域、と、私は思いもする。
他方以下の如き強い否定も当時はなされた、
「明らかに邪道に入つて居る。衣装の赤と黒の毒々しさ。妖艶と陰惨とを兼ねたやうなものわ現わさうとしたのかも知れぬが、画の表はれは極めて下品な厭味なものになって居る」。
この年、この作品を描いた後、1歳年下の、芸術には無理解で無口な銀行マン、森本豊次郎と結納を交わす事となる。
父と兄の計らいで決められた縁談で、成園自身は、絵で独立する事を決心していたらしく、心外であった事が新聞記事になっている。
翌年父は病死、娘に対する最後の”古風な思い遣り”だったのだろう。
これを機に、成園は創作ペースを甚だしく落としていく。
1923年(大正12)の個展に出品された作品に対しては、「精魂の抜け足許も定かならぬ有様・・・技巧は練達していても・・・女史の個性は見あたらない。唯の綺麗さ、手際の良さ、職工的な熟練さが認められるのみである」と、酷評された。
それでも、『春怨』(1923/大正12)、『爪弾』『自画像』(共に1924/大正13、写真3は後者)には、生活への疲弊がデカダンな画風の中でひっそりとした明りを灯し続けている。
この1924年、夫は上海に転勤となり、同行した成園は、大陸と大阪との間を行ったり来たりの生活を余儀なくされ、創作は更に限られていった。
12/20の日記で紹介した『上海にて』(1925/大正14)は、そういう最中での、珍しく情念の籠った、迫力の漲る作品である。あり余る才能を生活の中で消耗していく事に対する芸術家の怨念、そんなものがこの絵の背景にあるのかもしれない。33歳の成園である。
この後の成園に、創作面で書き加えるべき事は殆どない。
50歳代半ば迄、夫の転勤は続き、全てにではないが、成園も同行する。夫の退職(1946/昭和21)によって、久々に大阪に落ち着いた成園は、その後、過去の作品による個展、または内弟子岡本成薫(成園宅の家事を取り仕切り、画業も続け、成園死後は森本家の養子となった)との二人展を毎年のように開いていく。
1970年(昭和45年)には、大阪から宝塚に転居するが、その直後、心筋梗塞で急死する。78歳だった。
この書は、小川知子の8年をかけた調査による労作である。成園はグラフィックの原画等の領域でも多くの作品を残し、それらも数多く拾われており、また年譜も、同時代の大阪女性画家の動向を併置させる等、工夫を凝らしている。
しかし、まだ島成園の研究は緒に就いたばかりという感がある。
成園の個性的な創作の内面は、まだまだ濃い霧がかかっている。
今後、彼女の生活史等の側面も明らかにされる事によって、更に成園理解は進むだろう。それを期待してやまない。
mixiアルバムに、彼女のその他の作品をいくつか掲載するつもりである。それも併せてご覧頂けたら、彼女の画業がもう少し見えてくるのではないかと思う。
(→
http://mixi.jp/view_album.pl?id=42905513&owner_id=3341406&mode=photo)
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