中央大街と並んでハルピンの観光名所となっているのがソフィスカヤ寺院です。中央大街から歩いて行けます。
中央大街からソフィスカヤ寺院へ行く道も洋風建築が並んでいます。
写真左は旧英国匯豊銀行です。1923年。交差点の角が入り口になっていて、ジャイアント・オーダーを備えた立派な建物です。
写真中は旧満洲中央銀行ハルピン支店です。1935年。長春の旧満洲銀行に似ていて、横に並んだドーリア式の柱が特徴的です。
そして右がソフィスカヤ寺院です。
ハルピンにはロシア人がたくさんやってきたので、ロシア正教会がたくさん建てられました。しかし今はほとんど残っていません。これは観光名所として残されているものです。ロシア正教会なので、イコンや聖塀を期待して中に入ったら…中はカラッポでした。ハルピンの歴史写真が壁にぐるりと展示してあるだけです。おまけに正面の壁にはレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の色あせた絵がかざってあります。なんでやねん!
しかしドームはすばらしいです。ぼーっと見上げて人につまづいていしまいました。
ということで、古い写真をじっくり見るのはおもしろいのですが、寺院そのものの見どころはほとんどありません。外観を鑑賞するだけでもいいです。外観はとても立派です。
入り口付近に売店がありました。ハルピンの絵葉書があったのでそれを買いました。また「東方の小パリ」という小さい本がありました。オールカラーの写真でハルピンの建物を紹介しているので即買いです。
さて、有名な観光名所を済ませたら東の方、道外区へ行きます。中央大街を擁する道里区は西洋人の多い地区でしたが、道外区は中国人が多く住み着いた地域です。
まず最初は東の端の道台府へ行きます。ハルピンには1905年、清朝が浜江関道を置きました。「道」は行政単位で、府と県の中間に当たるものです。清朝はハルピンのことを「浜江」と呼んでいたようですが、結局「ハルピン」の名前の方が残り続けたのですね。
道台府は浜江関道の役所です。当時ハルピンはすでにロシア人が多く入り込んでいましたが、道外区は中国人の多い地区なので、ここに建てられたのです。
まず清朝時代風の門と建物があります。建物はきれいですが、なんとなくガランとした感じです。これらの建物は道台府設置100年を記念して再建されたものだそうです。もとの建物は戦争中に破壊されたそうです。中には昔の道台府の発掘の様子や復元の過程が展示されています。また、当時の衣装や道具も展示されています。
しかしたいして見るものはありません。観光客もほとんど来ないようです。ソフィスカヤ寺院前からタクシーに乗ったら運転手さんは道台府がわからなくて追い出され、別のタクシーに乗りました。
確かに来てみたものの、たいした所でもないのでさっさと退散することにしました。おかげで写真を撮るのも忘れました。
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