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2009年07月26日03:11

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●うみうし独語(419)/■『狂人日記』 (11)

■『狂人日記』 (11)

 ●7月26日(日)  曇り

  朝、六時ごろになるとセミが鳴きだした。
  きょうも一斉にあちこちから鳴きだした。

  ここしばらくの天気は、ほんとうに
  セミに気の毒な気がする。
  こんなに一生懸命、鳴いているのに
  陽射しがいつまでたっても、夏のカッカッとした
  焼けるような陽光にならない。
  きょうも、こんな具合だ。


フォト


            2009.07.26  朝6時の高取山と中公園/ベランダから




 ●色川武大『狂人日記』は、文芸雑誌「海燕」に1987年1月号から1988年6月号まで
  1年半にわたって連載されたようで、近現代日本文学史によれば、87年には、
  よしもとばなな『キッチン』なんかも「海燕」に発表されている。

  単行本として福武書房から『狂人日記』が発刊されたのは、1988年10月。

 
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  その「あとがき」にこう書かれている。



    小説の本にあとがきなど無くもがなと承知しているけれど、
    そこを押してちょっと記させていただく。

    装幀に使用させていただいた絵の作者は、有馬忠士さんといって、
    もう少しで友達になるはずの人であった。というのは、一九八二年五月、
    心不全で急逝されてしまったからである。

    私は弟さんと交際があり、彼の在世中に数点の絵を見る折があり、
    その孤独の色の深さに心うたれて、いずれ弟さんと一緒に訪ねて、
    できれば友人としてお互いの不充足を慰め合いたいと思っていた。
    まだ四十二歳の若さで、こんなに早く亡くなると思わずに、雑事に
    とりまぎれているうちに、とりかえしのつかぬことになった。


    亡くなった後、弟さんの手に遺された彼の作品五百点あまりを眺めて、
    ますますその悔いが深まった。
    彼は画家ではなく、専門の絵も勉強していない。ただ、健康な時期、
    有能な飾職人として立っていて、そのせいか図案ふうの発想のものが
    多い。油絵にとりくむことが念願だったようだが、いろいろの事情で
    三十点ほどにすぎず、大部分はボールペンやクレヨンなどによる
    作品である。


    彼は十数年もの間、幻聴や幻覚に苦しめられ、病院生活を余儀なくされた。
    そうして、他人に見せるためでなく、(病院内でも隠しており、
    弟さんもこれほどの量が溜められてあるとは生前には気づかなかった)
    まったくのモノローグの作業なのだが、にもかかわらず、言葉に
    しにくい自己を造形の世界で誰かに伝えたい意志が溢れているところが、
    ただ病人の絵とちがう。
    彼の絵には、人間の影がまったくない。孤絶の深さ、静けさ、その底に
    含まれる優しさ、私としては他人の作品に思えぬものがあった。



●色川武大が、この絵を残した友人の兄の「飾職人」をモデルとして
  『狂人日記』を書いたのではないことは「あとがき」にも記している。

  が、以前からあたためていたモチーフが、残された絵を見たとき、そして
  その人が、幻聴や幻覚に苦しめられ、十数年の病院生活を送ったことを知ったとき、
  『狂人日記』の主人公の男が生まれた。
 
  色川自身のナルコレプシーと、友人の兄の病気とが重ね合わさって、
  昭和十年生まれの主人公が誕生した。


 ●『狂人日記』のあらすじは、だいたいは次のようなものである。

    元飾職人である自分は幻覚に悩まされ、五十歳を過ぎた今も
    狂気と正気の狭間に身を置く不安定な生活を送っている。

    思えば子供の頃から自分はどこかが壊れていると感じ、他人もそうなのか、
    他人は他人で違う壊れかたをしているのかいないのか、それがよくわから
    なかった。

    中学の頃に家が破産し一家離散、母親はその少し前に家を出ていた。
    職を転々とし、一度結婚したが妻は病気で亡くなり、現在は入院先で知り
    合った女性・圭子と一緒に暮らしている。

    しかし、自分は職もなく、生活は彼女の収入と弟の援助に頼っているのだが、
    病気で夜中に大声で唸ったりすることから、次第に町から離れた場所への
    転居を余儀なくされる。

    主人公は子どもの頃から人と心をかよわす事を得ず、自分とだけ向かい
    合って生きた。しかし自分の中にも人々を理解したいし、理解されたい
    という欲求が渦巻いていることを知る。

    病気という背景もあり、他者とのかかわりを求めても得られずに
    孤独を深め、自分は与えてもらうのみで与えられない、もはや「死ぬより
    ほかに道はなし」とまで思う。

     (「月着陸船」より)



 ●『狂人日記』の凄さと感動は、狂気と正気の狭間を行き交うこの男の独白が、
  実は、おそらく生きていれば誰しもが抱えるであろう問題、たとえば、
  家族あるいは家庭そして親兄弟、また仕事や暮らし生活、恋愛や結婚なども含め、
  他人と自分のつながり、つまり、普通に生きている誰でもがもっている問題、
  人生に関する事柄について、冷静かつ鮮明に描き、語っているところにあると思う。


  さきに「臨終の書」と言ったが、私はこの「本」を読んで、大げさに言えば
  生きる勇気と希望を抱いた。「私も生きられる」と思った。

  ちっとも暗くならなかった、かえって澄み渡るような透明な心持がした。


  
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