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2006年04月20日12:45

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●身辺雑記(1)/■新聞きりぬき

■新聞きりぬき

 ●最近では、「しなくなったこと」のひとつに
  「新聞きりぬき」がある。

  新聞きりぬきをし始めたのは、大学生のころ。
  そのころは、ときどき切り抜いた。
  文芸欄や図書紹介の記事だった。




  働きだしてからは、体系的に
  切抜きをした。

  時事、社会、経済、政治・・・。
  手を広げすぎ、何度も挫折した。

  いろんな方法を試みた。
  試みては失敗した。



  「読んだ記事」だけに限定し
  ノートに貼り付けることもした。
  しかし、読み返すことはなかった。

  切り抜いたものを
  何かの「資料」に使うわけでは
  なかった。




 ●でも、勉強にはなった。

  まるで「切り抜き屋」さんにでもなったように
  本末転倒、切り抜くために切り抜いていて
  それでわかったことがあった。

  自分が何を知りたがっているか・・・。
  自分が知ったことでなく、
  何を知らないか、それがわかった。

  「夢の図書館」という副産物もうまれた。
  買いたい本、読みたい本、そろえたい本を
  新聞の広告欄からせっせと切り抜いて
  貼り付けたノートだ。

  開けば、それは「夢の図書館」だった。




 ●いまでも切り抜かれずに
  赤のサインペンで印をつけられた新聞が
  片ページごと重ねられ、たたまれ、積まれたまま
  ゴソッと、どこからか出てくることがある。

  書き込まれた日付を見る。
  ハハーンと、思う。
  そのころの関心を思い出す。

  その問題は、もう解決したのか・・。



  中に「知識」を増やそうとして
  切り抜いたものもある。
  そんなものは、もうどーでもいいことだ。

  御用済みである。




 ●上野英信「地の底の笑い話」のことを書いて
  思い出したのだ。

  下宿で読んだ、彼の筑豊の報告を・・・。
  その記事を私は切り抜いた。

  そのあと、この「本」が出版され私は買った。

  「本」は大学を卒業するとき、すべて
  売るなり、友達にやるなりした。
  一冊も本は持っていかなかった。

  結婚したとき、友達が「本」を持ってきた。
  もどってきた「本」の中に
  上野英信のこの「本」もあった。


  新聞きりぬきのほうは
  もうとっくになくなっている。

  あれはノートに貼り付けたのか、
  それともスクラップ・ブックに閉じこんだか・・・。


  いまは、もうやらない「新聞きりぬき」だが
  切り抜かれた記事のように
  懐かしい「新聞きりぬき」が
  いまも
  私の記憶のどこかで
  ヒラヒラ、ぺらぺらと、
  空に浮かんで舞っている。



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