最近、久し振りに長谷川きよしを聴いている。
るき乃さんが10月にライブを聴いて感動したという日記を書いておられた、それがきっかけだった。
無理を言って、るき乃さんから彼の最新アルバム『40年。まだこれがベストではない。〜長谷川きよしライブ･レコーディング』(2008.10発売)のダビングを頂いた。
また、自身で『愛の讃歌〜長谷川きよしシャンソン&カンツォーネ集』(2005.3発売。但し、録音は1969〜93のピックアップ)を買った。
大学時代は何枚かのLPとカセットテープを持っていて、飽きる程聴いた記憶があるが、今は手許にない。
上のCDのタイトルにある「40年」とは、デビューして40年という意味だろう。
彼は1969年に『別れのサンバ』(作詞/作曲共自身)でデビューしている。1949年生まれだそうだから、少し年上だ。失明したのは2歳らしいが、詳しい事は知らない。
40年経っても、透明で張りのある声は変わらない。グルッペット等の装飾音を使わずにスカッと入る音程も気持ちいい。どんな定評のある歌手でも、音程移動の際、装飾音符を挟むのが癖になっている人の歌は大変気持ち悪いものだ。偶に変化を加える程度ならいいが、いつでもでは、くどくてげんなりしてしまう。
ギターの音の出し方はクラシックのそれではないが、リズムが実に素晴らしい。歌と全く違うリズムを刻み、多様なオブリガートを加えながらの演奏は、喉と手を脳が別々にコントロールしているのかと思う。クラシックギターは10代で勉強したそうだ。
このCDは、本人のギターソロ以外に、一部パーカッションとフルートのアンサンブルの実にシンプルな構成。
テクニカルな面はさておき、彼の歌は、どんなアパッショナータでも、その裏に虚無が貼り付いている。そこに、私は魅力を感じてしまう。
例えばジルベール･ペコーの作曲した『そして今は』等を歌うと、もう手立てのない絶望が、後ろから擦り寄ってくる。
・・・・・・
どうにも ならないんだ
どん底に落ちたんだ
まるっきり一人ぼっち
この世はなんてこった
(中略)
夜など焼き払え
朝は君を憎む
夜明けの光にこの世の果てを見る
(中略)
今はもう朽ち果てたなきがらだけ
・・・・・・
ボレロで長いクレッシェンドが続くが、詩は冷たく凍えたまま。
1960年代から70年代への政治的な混乱の時代の若者が抱きそして捨てざるをえなかった希望と連帯、その色と温度を想い出すが、それより更に虚無の匂いが強い。
ある時迄は、若者の明日はこうだった事もあったのに。
・・・・・・
来い 闇を抜け
雲を払い 光へ
来い 戦いに
今一度戦いに
さあ こっちへ来い
ふるえながら ぶっとばせ
もう 地獄なんて
犬にでも喰わせておけ
(後略)
・・・・・・
これは、やはりペコーの『光の中に』から。
彼はシンガーソングライターで自ら作曲も作詞もするが、世界から歌を探し出してきて訳詞もする。彼の歌う歌は、自身のものにしろそれらの曲にしろ、実に詩が素晴らしい。言葉を大事にしている。
同じ曲でヒットしたものがあっても、自分の言葉で改めて語り直そうとする。
『40年・・』でも、彼自身の訳による曲が14曲の内5曲ある。自身の作曲によるものは3曲。
デビュー前に”銀巴里”でシャンソンを歌っていたのも、彼の言葉を大事にする性向が親近感を抱かせたのだろう。
エディット･ピアフの有名な『愛の讃歌』も、あの岩谷時子の甘いだけの詩ではない。
・・・・・・
(前略)
おまえの為なら
空の果てまで地の果てまでも
おまえの為なら
陽でも月でも盗みもしよう
おまえの為なら
友も裏切り国も捨てるさ
他人(ひと)よ嘲(わら)え私を憎め
それでいいのさ
(後略)
・・・・・・
最底辺の生活を知った者の、これ以下はないというあっけらかんが横たわっている。
<参>映画『エディット･ピアフ〜愛の讃歌』で、原詩に触れた事がある。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=580149052&owner_id=3341406
『40年・・』には、シャンソン以外に、日本の曲も入っている。
自身作以外では、「化粧直し」(椎名林檎詞曲)、「僕のピアノのそばにおいで」(平岡精二詞曲)、「黄昏のビギン」(永六輔詞/中村八大曲)、「公園の手品師」(宮川哲夫詞/吉田正曲)。
「公園・・」等、フランク永井が歌った曲だが、吉田正の作とは思えない。”銀杏”並木も”老いたピエロ”も、日本の公園のそれではなく、まるでパリの風に吹かれているかのようだ。
上に書いてきたような長谷川きよしの文脈でこのように平易な曲を聴くと、”ララル〜”の、ただ枯葉が舞い上がるようなスキャットに、何故だか涙が出てしまう。
写真は、私が昔描いた長谷川きよしのスケッチ。
掃除をしていたら、棚の奥から出てきた、演劇研究会公演に頼まれた印刷物等と一緒に。
彼を、大学のコンサートでゲストに呼んだ事があって、そのコンサートのポスターとチラシを偶々私が描く事になったのだ。
できあがったスケッチを見た友人がいわく、「きよしの顔だけど、あなたにも似ているね」と。
それにしてもチケットの安い事。
るき乃さん、ありがとうございました。
おかげで、至福の時を過ごしています。
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