芸術新潮2008年7月号を図書館から借り出して見る。
ゴヤの特集である。
フランシスコ・ゴヤ・イ・ルシエンテス(1746-1828/スペイン・アラゴン-仏・ボルドー)
以前図書館でちらっと見て、借りられるようになったら、家でゆっくり読もうと思っていた。
当市の図書館は、雑誌の類、最新号は館内で見るしかない。月刊誌の例で言うと、次の月のが入庫してからでないと借り出せないという事。
そうこうしている内に、先に予約されてしまっていたり、忘れていたりで、先日やっと手に取る事ができた。
p15〜106、全92ページ、充実した内容だ。
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特にゴヤの書いた手紙が興味深い。
手紙というものは、往きと復りがあって初めて文脈が判るもの。片方だけではなかなか意味が判らない。
ゴヤの書いたものは残っていても、殆ど相手(マルティン･サバテール)のが残っていない。また親友との間のものとなると、暗号や楽屋落ち的な部分も多い。
それを、周辺の研究によって内容を読解できるようになったのはごく最近の事。
岩波書店から、ゴヤ関係文書341通を集成した『ゴヤの手紙〜画家の告白とドラマ』が出たが、その訳者2人の片方が大�睚歹麩困任△襦�
テキストだけでなく、実際の手紙の写真も何点か掲載されている。
その文字には、200年の時を越えて、ゴヤの息遣い迄が感じられるようで、わくわくする。
それから、ゴヤと回りの人物達との交流、王と皇室関係、政治家、軍人、友人、男、そして女女女、ヨーロッパの激動期を82年間、激しい自我を秘めて生きた人物だけに、これら人間関係が実に面白い。その多くが、本人の手によって、絵になっている訳だからよけいである。
そして、相手が皇室であろうと、ゴヤの絵には、王権神授説時代の、神的な威厳による美化やカモフラージュがない。何とも生々しい。
19世紀のフランスの詩人テオフィル・ゴーティエは、有名な『カルロス4世の家族』(1800-01制作)を観て、「宝くじに当たった角のパン屋の一家」のようだと言った。
彼は、ティツィアーノやベラスケスを鏡にして、悪口のつもりで言っているのだが、現代の我々からすると、ゴヤの筆の力に驚く事になる。
ゴヤの絵は、そういう意味では、現代と地続きであり、近代絵画の入口を開けたと言える。印象主義どころかシュールレアリスムさえ、もうすぐそこに手が届く程。
2人の人物を4枚の絵で見てみたい。
まずフェルナンド7世(1784-1833)。カルロス4世の後を継いだ王である。カルロス4世と王妃マリア･ルイサの間の長子。
フランス革命への対応で混迷を極めた時、下級貴族出身のマヌエル･ゴドイが25歳で宰相となり、16年間絶対的な権力を握った。カルロス4世の王妃の愛人でもあった。
彼は、内政としては啓蒙主義的改革路線、外交としては親仏路線を取りナポレオンと同盟関係を結ぶ。これを嫌ったイギリスと仏西連合の戦いがトラファルガー海戦(1805)。仏西艦隊は壊滅し、スペインは制海権を失い、アメリカ植民地のコントロールも不可能となった。
ゴドイによって憂き目を見ていた旧支配層はフェルナンドを持ち上げ、国民も反ゴドイに傾斜しフェルナンドを待望するが、彼が7世を名のって王になると、時代錯誤の反動政治を始めた。
彼は、『カルロス4世の家族』図の中では、画面左から3番目におり、前後関係では、カルロス4世と同じく最前に位置している。若く、凛々しい眉、たくさんの勲章を青い衣服に飾った様は、次王に相応しく見える。少なくとも王妃マリア･ルイサに引き摺られるまま「パン屋」然のカルロス4世よりは。
しかし、1814-15年、同じゴヤによって描かれた『王のマントを羽織ったフェルナンド7世』はどうだろうか。眉は更に太く、その下からこちらを斜めに見る目は、陰湿でさえある。あの凛々しさは何処へ消えてしまったのか。
次は、マリア･テレサ(1780-1828)、後のチンチョン女伯爵である。カルロス3世の弟、ドン･ルイス親王と妃マリア･テレサ･デ･バリャブリガの長女。後、マヌエル･ゴドイと結婚する。
ゴドイは王妃マリア･ルイサの愛人となる前からペピタ・トゥドーと関係があった。マリア･ルイサは、自分とゴドイの関係を世間から隠し、ゴドイをぺピタから引き離そうと、マリア･テレサと結婚させた。テレサはゴドイとあった事もなかった。
2人の間にはカルロータ･ルイーサが生まれたが、ゴドイの凋落と転々の生活にはついて行かず、長い別居生活が続いた。テレサが死んだ後、ゴドイはペピタと正式に結婚している。ペピタとの関係はずっと続いていたという事だ。
テレサは、『ドン･ルイス親王の家族』(1783)という集合肖像画の中で、幼く、かわいらしい顔を、画面左、父親のルイスの後で覘かせている。
一番左の手前には、ゴヤ自身が低い姿勢で筆を持ち、キャンパスの前から、親王の若い奥方マリア･テレサ･デ･バリャブリガが自慢の長い髪を理容師にセットさせているところにハイライトを与え、その方向を見やっている。
その回りには、親王に仕えた芸術家達(そこには、「メヌエット」で有名な、あのルイジ･ボッケリーニもいる)、そして使用人達。
3歳のテレサは、ひとりゴヤの絵を覗き込む姿勢で、その無垢な笑みと伴に、ゴヤと幼い彼女の心の奥での繋がりを、この絵を観る者は知る。
その17年後の姿を、我々は『チンチョン女伯爵』(1800)で観る事ができる。
その時20歳、2年前にゴドイと結婚している。お腹にはカルロータがいると思われる。
女の幸せの絶頂時期にある筈の彼女の顔の、何と寂しげな事か。髪を飾る小麦の穂は豊穣のシンボルだが、彼女は、暗い背景の中、ただひとり椅子に座っている。
長く彼女を見つめてきたゴヤの内なる愛情が画面から溢れるようで、涙が零れる。
大変地味な画風だが、ゴヤの最高傑作のひとつに挙げて良い絵だと思う。
下のサイトの中に、『カルロス4世の家族』と『チンチョン女伯爵』の2作がある。
http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/G/Goya/Goya.htm
絵をクリックすると拡大できます。
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