ブレヒトの芝居です。ブレヒトは戦前のドイツで活躍した劇作家で、戦争中にナチスから迫害されてアメリカに渡り、戦後東ドイツに戻ってそこで亡くなりました。
主な作品は「三文オペラ」「肝っ玉おっ母とその子供たち」「セツアンの善人」「第二次大戦のシュベイク」、そしてこの「コーカサスの白墨の輪」などで、これらは日本でもたびたび上演されています。
なのでこのお芝居も今までも上演されていまいたが、見そびれていました。ストレートプレイも好きなのに、宝塚やミュージカルを優先するとどうしても後回しになってしまいます。でも最近はできるだけストレートプレイも見ようと思っており、今回の上演を知ってすぐにチケットを取りました。
私が見たのは兵庫県立芸術文化センターの公演です。
https://setagaya-pt.jp/stage/25041/
そうしたら…。
「音楽劇」と書いてあります。
出演者の中に一路真輝がいます。
これでは元ジェンヌ目当てのミュージカルファン、宝塚ファンだから見たのかと思われる…。
今回は舞台を近未来に置き換え、歌や音楽を入れて構成し直した舞台になっているとのことです。(!!!)
戦争が終わった後、荒れ果てた大地に戻ってきたのはロボットたち。人間が争いの果てに死に果てた結果です。しかし土地の所有をめぐって戻ってきたロボットたちとそこにいたロボットたちが対立します。
そうして旅の一座がかつて起きた戦争の顛末を芝居として語ることになります。
語り役の歌手がイチロで、ほぼ語り役に徹します。イチロの歌声が生かされていました。
当時、太守に対するクーデターが起き、太守とその夫人はあわただしく逃げ出します。といっても、夫人は衣装や靴を持ち出すのに必死。結局幼い子供を置き去りにして逃げます。子どもと言っても培養器に入った「卵」です。体外受精かも…。
使用人たちも逃げ出します。料理人のグルーシェ(木下晴香)はその「子供」が残されているのの気が付きます。料理人のスリカから放っておきなさいと言われますが、結局見捨てる気になれず、抱いて逃げることにします。
そこからグルーシェは「子供」を抱いて、太守の子どもを探す反乱軍に追われながらの逃避行が始まります。
木下晴香は歌声がきれいです。逃避行の厳しさ、つらさ、それでも見捨てられない「子供」に対して少しずつ愛情が湧き始め、育てる決意をするに至るグルーシェの感情を描いて見せてくれました。
クライマックスのキーパーソン、裁判官アズダク(眞島秀和)は、ただの飲んだくれで反乱のどさくさで裁判官に選ばれ、わいろを要求して裁判を行っていました。飲んだくれのダメっぷりに勢いがありました。そして最後は名判決をやってしまう。
太守夫人ナテラのsaraがなかなか強烈なキャラでした。派手で傲慢で。
で、最後は名判決でめでたし、めでたし…と思ったら。
その後の顛末が駆け足で説明されていくと、独裁者が現れ人間たちは殺し合いを続けていく。
そうして冒頭の語り始める時点に戻るのですが、そんな戦争を経て、平和は訪れるのか。
このお芝居はブレヒトがアメリカに亡命している時に書かれました。第二次大戦中のことです。なので、もとは第二次大戦とその終わりを想定して書かれたようです。
それが、なんと今の時代にリンクして見えることか。
希望はあるのか、戦争を終わらせることはできるのか。
そういった問いが最後に向けられます。
やっぱりミュージカルではなく「芝居を見たー」という気にさせられる舞台でした。
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