白水阿弥陀堂は、いわき市内なので、特に山奥ではないのですが周囲は静謐な山の中…という感じです。池があって、小さな反り橋を渡ると、国宝の杮葺きの阿弥陀堂が現れます。
正確には願成寺阿弥陀堂といい、藤原清衡の娘で岩城の国守に嫁いだ徳姫が建立したお寺です。徳姫は夫の死後出家して徳尼御前と呼ばれるようになり、亡夫を弔うためにこの地に阿弥陀堂を建てました。「白水」の名は、徳姫の故郷である平泉の「泉」の字を分けたものと伝えられています。そして平泉の中尊寺金色堂を模して造られたとも言われます。阿弥陀堂の周囲は浄土庭園になっています。
阿弥陀堂の中に入りますと、阿弥陀三尊像があります。来迎印の阿弥陀如来の座像と、脇侍の観世音菩薩と勢至菩薩です。さらにその両隣に二天像があります。右が持国天、左が多聞天です。なぜ四天王ではなく二天なのかは謎。当初から二天だけだったそうです。
阿弥陀如来は蓮華座に座り、透かし彫りの唐草模様の光背に飛天がついてます。定朝様式を踏襲していて、極楽浄土へ導いてくれる、ありがたい雰囲気が漂います。その前に座り込んで鑑賞していると、なにやら説明の声が聞こえてきました。なめらかな説明の朗読に、最初はテープかと思ったのですがどうも生声っぽい。左の方から聞こえてくるのでそちらを見ますと、お坊さんが書見台の前に座ってアナウンサーのように滑らかな語りで堂内の解説をしているのです。参拝客が来たら語り始めるシステム?
仏像の説明だけでなく、美しい彩色の跡が残る板壁や格天井のことも解説してくれて、大変役に立ちました。
阿弥陀堂を出ますと、周囲の池の散策に誘われました。案内人さんのいつもの散歩道だそうです。池を回ると、阿弥陀堂の背後に回り、後ろからお堂を見ることもできました。こういう所を普段から散策できるっていいですね。もう少し遅かったら紅葉になって、もっときれいな景色になっていたはずなんですが、この時期にしか来られなかった事情がありまして…。
阿弥陀堂のそばに神社があります。階段を上っていくと拝殿があります。もともと神仏習合で阿弥陀堂と一体だったものが、明治の神仏分離令で別れたものです。
駐車場の横に小さな観光案内所みたいなところがあって、そこにいた年配の女性からいろいろお話を聞きました。このあたりには昔は炭田があって重要産業だったということです。子どものころは、戊辰戦争のころの話をするお年寄りが普通にいて、賊軍にされた無念が伝えられてきました。その時放送中の大河ドラマは「西郷どん」でしたが、今でもそれを見ていると言っただけで、なんで薩摩の話を見るんだなどと言われることがあるそうな。会津と同様戊辰戦争の無念はなかなか晴れないもののようです。
今回旅行に来たのは、会津で戊辰戦争150年という節目の年にゆかりの地めぐりをしたかったからですが、それを話すとまず会津にゆかりがあるのかと聞かれます。これは国内旅行ならではの現象だと気が付きました。ここで、実は私の先祖は…などという話ができればいいのですが、残念ながらウチは会津とは縁もゆかりもありません。単なる個人的なシュミで…。
海外旅行ならなぜここに来たか聞かれたら、単に好きで興味があって…という話でいけるのですが、国内だと何かつながりがあるのか、というところから入って来るのです。それが単なる趣味で…となると説得力が弱いなと感じてしまいます。なんで興味を持ったのか…うーん、あれこれいろいろ積み重なって…。とりあえずこの旅行中は「八重の桜」をとっかかりにしていました。
ログインしてコメントを確認・投稿する