総統府の近くに二二八記念公園があります。広々とした公園の片隅に、二二八記念館があります。
戦争が終わり、台湾は日本の統治から中華民国となりました。
二二八事件はその2年後、1947年に起こりました。
2月28日、ヤミタバコの取締りによって市民が殺傷されました。それをきっかけに、国民党政府に対する不満を持つ台湾住民に対して、それを武力で取り締まろうとした政府の弾圧が始まりました。反政府勢力に対する弾圧は台湾全土に及びました。
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の代表作「悲情城市」はこの事件を背景にした映画です。
1949年には大陸で共産党が政権を取り、国民党政府は台湾に亡命してきます。国民党政府は台湾に対して戒厳令を敷き、反政府勢力への取り締まりは終わることがありませんでした。
この事件でどれだけの人がどのように殺されたのか、今も真相は究明されていません。国民党政府による戒厳令下の時代ではこの事件を調査することも許されませんでした。
台湾の位戒厳令が解除されたのは1987年です。
この建物は、当時抗議デモを呼びかけたラジオ放送局の建物を記念館に改装したものです。当時の放送室も再現されています。
台北放送局は1931年に放送を開始したそうですので、この建物はその時に建てられたはずです。当時のモダンな建築の雰囲気が残っています。
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