エフェソスに近づいてきますと、まずアルテミス神殿を見ます。
アルテミスはエフェソスの主神で、紀元前3世紀にはパルテノン神殿をしのぐ大神殿が建ち、巨大なアルテミス像が祀られていました。しかし今は柱が1本立っているだけです。ここもやはり昔、周辺の人たちが家などを作る建材として持って行っていたそうな。近くで発掘をしている人がいます。近くに猫がいました。
それからエフェソスの遺跡に向かいます。
エフェソスは紀元前6000年には人が住んでいました。やがてギリシア人が住むようになり、紀元前2世紀には共和制ローマの支配下にはいりました。帝政期に入ったころにはパウロがここを訪れています。パウロは元の名をサウロといい、熱心なユダヤ教徒の家系で、当時新興宗教として信者を増やしていたキリスト教を弾圧していました。しかしサウロは旅の途中に強い光に包まれ、キリストの声を聞きました。そうして名前をパウロと改め、キリストを熱心に信仰するようになりました。パウロはエフェソを訪れて信徒の共同体を作り、キリストの教えを広めました。聖書にパウロが書いたとされる「エフェソの信徒への手紙」があります。
現在のエフェソスの街の遺跡は大部分がローマ帝国時代のものです。
ここの遺跡は一方通行です。入り口と出口は別。元の入り口には戻りません。
暑いから日傘を使うか帽子をかぶってください。
遺跡に入りますと、どわーーーっと「いかにも遺跡」な光景が広がります。まず最初に見えるのはヴァリウスの浴場です。プールのような長方形の四角い遺構です。その先には小型の土管のようなものがたくさん積まれています。浴場にお湯を流すために使われていたものです。
さらに進むと小ぶりの劇場(音楽堂)があります。ローマ時代らしいすり鉢状の客席になっています。
遺跡は両側にコリント式の柱が並ぶ道路になっていて、やや下り坂です。そして、道には大理石が敷いてあります。「滑りますから気を付けてください」と言われました。本当に滑りそうになります。ところどころ大理石に滑り止めのため何本か平行な線が掘ってありますが、あまり役に立ちません。ローマ人は革のサンダルをはいていたので、よくすべったそうです。…なんで滑るのにわざわざ大理石で道路を作る?ローマ人、よっぽど大理石が好きなのか。
道の両側は建物の遺構。大きい平たい石を積んだ壁があって、クロスする場所には逆三角の掘り込みがあって、固定用の真鍮が詰められていたそうです。
崩れてはいるけれど、柱や壁が建っていて外観はなんとなくわかる、という、ほどのよい崩れ方が「いかにも遺跡」という感じです。中央アジアの「何もない」と言われるアフラシアブの丘、崩れた日干し煉瓦がえんえんんと続いてなんだかよくわからない高昌故城や交河故城と違って、誰でもわかりやすい「遺跡」です。(でも私は日干し煉瓦の遺跡が大好き)。
入り口に柱にアーチの乗った立派な建物はハドリアヌスの神殿です。アーチにはメドゥーサのレリーフがあります。
ラテン語が刻まれた石もあります。
ニケ女神の大きなレリーフが施された石もあります。
そして…猫が多い。あちこちにいます。しかも人に慣れているせいか、なでさせてくれるし写真もよく撮れる。
そして…暑い!日差しが強くて暑いです。日傘の方がいいんでしょうけれど、写真を撮るのに手が空いていた方がいいので帽子で我慢です。
そして…観光客が多い!!とにかく人が多い。西洋人、東洋人、色々な国の人がいます。
豪邸が立ち並ぶエリアもあります。中には入れませんが、モザイクの絵が美しい床が見えます。
水洗の公衆トイレもあります。よくローマ時代の遺跡で見るような、石の台に穴が並んでいるものです。ここにも猫がいました。
大通りを下っていきますと、突き当りにあるのはエフェソス遺跡のハイライト、セルススの図書館です。大きな柱が並ぶ2階建ての大きな建物です。ここで自由見学の時間を取ります、と言って、集合場所を示して時間を決めてそれまでに集まってくださいと言われました。
と、言われますと喜んで遺跡に入っていく私。セルススの図書館は立派な建物ではありますが、天井はなくなって吹き抜けになっています。壁はしっかりした石造りです。片隅に猫がいました。表には等身大より大きい女性像が何体か置かれています。これはレプリカで、本物はウィーンに持って行かれたそうな…。
図書館から振り向いて、今来た道を見てみたら。広い大通りをたくさんの人が押し寄せるように歩いてきています。これはもうオーバーツーリズムでは…。
図書館から出ますとまだ時間があります。なのでもっとあちこち見ようと思ったら…添乗員さんに呼び止められました。みんな集まっていますよ。…でもまだ時間になってないし…。「集まったので行きます」。遅刻したわけでもないのになんかバツの悪い気分になって「私、遺跡に入ると出てこないんです〜」などと言ってみました。
さて、大通りから図書館に突き当たったので右側の道を行きます。壁にアーチがあるのでそこをくぐって進みます。そちらには巨大なクレーンが見えます。劇場が修理中なのです。劇場は修理中なので見られませんと最初からパンフレットに書いてありましたのでわかってましたけけど。
大理石の道を進みますと、左手に少々広い空間、アゴラがありました。柱が並んでいて、崩れた石がゴロゴロしています。
劇場が近づいてきました。中には入れませんが、遠くから客席が見えます。ローマ風のすり鉢状になった客席です。
ひ、広い!広すぎる!なに、これはー!
え?収容人数2万4000人?!ひゃ〜〜〜〜!
どおりで、クレーンが巨大なわけです。
そうしてさらに進み、木が茂っている所に入ります。土の道になっていて少し登り坂です。しばらく行ってガイドさんが「振り向いてください」と言いました。そうしたら、距離は離れましたが、劇場の広い部分を見渡すことができました。
そこから坂道を少し進んで横の方にそれますと、平たいテラスのようなところに出ました。下は崖です。昔はこの近くまで海が来ていたそうです。そして左手の下の方には石のかたまりが転がっていますが、これは墓石だということです。
これで遺跡は終了です。ここから坂道に戻って少し登ると出口です。
出口を出ると広い道になっていて、両側にお土産屋さんが並んでいます。しかし寄るヒマはありません。ひたすら進んでバスが待つ場所へ行きました。
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