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2025年09月24日01:10

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トルコ旅行記(5)バスの中でトルコの歴史

翌朝。
この日の目的地はエフェソスです。
トルコ語でエフェス、ギリシア語でエフェソス。
バスで3時間です。

朝食は同じホテルのレストランでビュッフェです。本当は7時から営業だそうですが、ツアーが7時半出発なので30分早く開けてくれたそうです。夕食とは品ぞろえが違っていて軽め。
チーズはたくさんありますし、ヨーグルトも果物もあります。パンは小さい食パンだけで、みんな「もうちょっと種類ないの?」と言っていました。

バスの中ではガイドさんがトルコの歴史を解説してくれました。

トルコの東南部は古代メソポタミア文明の北方に当たります。あの、チグリス・ユーフラテス川の二つの川の間に生まれたメソポタミア文明です。楔形文字の文書も出土していて、アンカラの博物館にあります。(今回はアンカラに行かない…残念)。
古代メソポタミア文明では銀行に当たる制度もあり、郵便制度も発達していました。トルコで出土した楔形文字の文書によりますと、品物を送って欲しいという注文の郵便と見られる内容があり、交易が発達していたことがうかがえます。

その後トルコにやってきたのはヒッタイトです。世界で初の製鉄を始めたことで有名な民族です。

さらに、古代ペルシア帝国がここまで領土を広げてきました。そしてギリシアとたびたび戦争をしますが、アレクサンドロス大王が出てペルシアを滅ぼしてここを支配するようになりました。アレクサンドロスが若くして死ぬと、部下たちが王国を分け合いました。

やがて古代ローマが地中海世界を支配するようになります。
今はヨーロッパとアフリカは別物ですが、古代世界では地中海を中心にひとまとまりの世界になっていました。
(そう、そうなんですよ。古代、特にローマ時代は地中海を内海とした地中海世界だったんですよ〜、と思い切りうなずく)。
で、その地中海世界の範囲はと言いますと、これが「オリーブが取れる地域」のことだそうです。トルコもオリーブが取れます。

で、「ローマの平和」はなぜ実現したか。
それは経済的に豊かだったから。経済が豊かで国民が満足していると争いが起こらない。奪い合いも起こらない。

やがてローマは帝政時代に東西に分かれます。そして西ローマは滅びますが、東ローマはコンスタンティノープルを都としてそれから約1000年続いていきます。

しかしオスマン・トルコがやって来てコンスタンティノープルを陥落させ、オスマン帝国が成立。20世紀まで続きますが、ケマル・アタトゥルクによる革命で帝政は倒されて共和国に。

現在のトルコ人はもともとのトルコ人の遺伝子と15%ぐらいしか一致していないそうです。
オスマン・トルコがこの地を征服した時、以前からここに住んでいた人たちは移住したわけでもなく追い出されたわけでもない。ずっと一緒に住んでいた。

つまり、現在のトルコ人は「トルコ人」とは言っても、古代メソポタミア〜ヒッタイト〜古代ペルシア〜ギリシア〜ローマ〜オスマンと続く中でどこまでさかのぼれるかはともかく、こういった歴史を自分たちの歴史としてとらえているようです。

じゃあ、突厥帝国のことはどう思っているのか聞きたかったんですが、「とっけつていこく」と言って通じるのかどうか、どんなふうに聞いたらいいのかためらっているうちに聞きそびれました。
6世紀ごろ、中央〜北アジアに広大な帝国を建てた突厥帝国は、トルコ民族による最初の帝国です。古代中央・北アジア史の専門家の護雅夫氏がトルコへ行った時に、現地の学者が自分たちが最初に建国したのは突厥帝国だと言っていたそうですし、上海万博に行った時、トルコパビリオンで最初にドカン!とそびえたっていたのは突厥碑文(のレプリカ)でした。なので自分たちのルーツは突厥帝国だと思っているのかどうかトルコ人に聞きたかったんですが。

さて、その「トルコ民族」についてガイドさんの解説が続きます。トルコ人はアジアの方まで広い範囲に広がっていて、トルコ語は世界でたくさんの人が使っている言葉です。トルクメニスタン、ウズベキスタン、中国のウイグルなど。トルコ語を話しているので、方言の差はありますがおおむね通じるということです。(ウズベク語とウイグル語はほとんど同じですが、トルコ語との差異はけっこうあるとは思うのですが)。カザフやキルギスもトルコ系です。

この時だったかどうだったか忘れましたが、添乗員さんがあいさつの言葉を覚えましょうと言って教えてくれました。
こんにちは→メルハバ
おはよう→ギュナイドゥン
ありがとう→テシェキ****??

「ありがとう」は難しいので「ティッシュくれ」と覚えましょう、ということでした。

ウズベク語とウイグル語で「ありがとう」は「ラフマット」です。全然違う。
…と、思ってガイドさんに聞いてみました。トルコ語でも「ラフマット」に似た言葉はありますが、今は使われていなくて「ティッシュくれ」が一般的になっているということでした。あと、2,3知ってるウイグル語を言ってみた所、かなりなまっていてわかりにくいですが意味は通じました。数字はよく似ています。

これもその時言っていたのかうろ覚えですが、ヨーグルトの話も。
日本人はヨーグルトと言えばブルガリアが本場だと思っているようですが、実はブルガリアのヨーグルトはトルコから伝わったもの。ヨーグルトの本場はトルコです。
チーズが豊富だったことなど、やはり乳製品が充実しているのは遊牧民の名残りかと思いました。

車窓の風景は、緑と黄土色がまだらで、緑の方が多い感じです。ウズベキスタンよりは緑が多いかなという感じです。時々オリーブ畑が見えます。それほど大きい山はありませんが、起伏のある地形が続いたりします。小山の上の方に砦跡のような遺跡が見えると教えてもらってあわてて写真を撮りましたが、ボケている上遺跡の名前もわかりませんでした。
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