「蒼穹の昴」は原作を読んで感動したんですけどね。よもや、まさか宝塚でやるなんてビックリです。しかも主役を梁文秀に変えるなんて無理やりな。何考えてんねん。
…と思ったので、あまり期待していませんでした。
https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2022/soukyunosubaru/cpl73a00000bro39-att/cpl73a00000bro51.pdf
ところが、かなりレベルの高い舞台に仕上がっていてビックリしました。
しかも、かなりすっ飛ばしているとはいえ原作のあらすじがきっちり入っていました。
原作では春児と文秀は、一方は宦官として西太后に仕え、一方は科挙首席のエリート官僚になり、それほど顔を合わすことがないんですが、今回の舞台では二人の心の絆が強調される内容になっていました。特に「昴」をキーワードに、星を目指して自分の信念に従って生きて行こうという共通の意思を持つ者同士として心が通じ合う様子は胸を打ちました。そう来たか。
文秀が主人公になった分、原作で書かれていた春児の行いがばっさりカットされているのは寂しいですが、その代わり二人の絆を新たに描き出して舞台ならではの「蒼穹の昴」を作り出したともいえるでしょう。
咲ちゃん(彩風咲奈)の文秀は、そういった信念を強く感じさせて好演していました。始めからエリートではなく、一生懸命勉強して科挙に首席合格を勝ち取り、そういった苦労の上に、国のため、民のためを考える思いがあるのだということが伝わってきました。
春児のあーさ(朝美絢)は、見た目から合ってますね。最初の方は本当に年端も行かない少年にしか見えませんでした。京劇もがんばっていました。
春児のいいところは、極貧の中で悔しい思いをして、舞台でも「ちくしょう、ちくしょう」と歌う歌がありますが、その中でもお金持ちになったらみんなに分けてあげたいと言う所です。実際にそれを実行している場面は舞台ではありませんでしたが、原作では実行しているんですよね。舞台で表現できない分歌詞の中に入れておいたのかなと。そういった、貧しくてもまっすぐな気持ちを失わない純粋な春児がぴったりでした。
登場人物が多くて、みんないい役が付いていました。しかもややこしく感じませんでした。
最初配役を見た時は専科が多すぎるように思いましたが、専科の芸達者さん好きの私にはうれしいです。どの役も存在感があり舞台に厚みをもたらしていました。
注目の西太后は一樹千尋。本来男役で、重厚でこわーい感じがよく出ていました。しかしそれは周りから見ての姿。頤和園へ移って光緒帝への思いを歌う歌があって、そこで西太后の本当の気持ちが描き出されていました。
あとは、渾身の時代考証。豪華な玉座に始まって、紫禁城にいるかのような紅墻のセットに清朝(つまり満洲族)の女官の華やかな宮廷衣裳に役人の衣装。
さらに北京の下町もリアルに表現されて皆は「ペイチン、ペイチン」と歌っている。北京オリンピック以来でしょうかね。北京のことを「ペイチン」というらしい、というのが日本でも認識され始めたのは。(現在は英語でも「Peking」という表記はすたれて「Beijing」になっている)。
ともかく宝塚の中国物で私があまりツッコミ入れるところがないなんてすばらしい。
辮髪だけは…まあね。私も宝塚ではあまり見たくないし。
演出の原田諒先生は「蒼穹の昴」が好きで、いつか舞台化したいと思っていたそうな。これを宝塚でやろうと思う所がすごいんですけれども、確かに咲ちゃんで文秀を…と思いついたらあとはあーさ、ひらめちゃん、と役が浮かびますね。
そのためか、「蒼穹の昴」を舞台で表現するんだという意気込みが半端ではないものを感じました。
フィナーレの大階段では、一本立てでは普通みんな役の衣装で降りてきます。でもトップ3だけは豪華な衣装が用意されます。咲ちゃんは白地に金の龍の模様の超豪華なキンキラな衣装で降りてきて、清朝皇帝の龍袍を着ている皇帝陛下よりも豪華になっていました。そこがまた宝塚らしくておもしろかったです。
ということで、原作を再読しました。4巻読んだら勢いづいて「中原の虹」に突入しました。やっぱりおもしろいなあ。このまま「天子蒙塵」まで行ってしまいそうです。
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