土曜日の夜にご飯を食べながら何の気なくつけたテレビでやっていて、そのまま見入ってしまいました。
「日本の旬を行く!路線バスの旅」(BS-TBS)
タレントの敦士さんがバスを乗り継いで五十四〜五十七次の宿場をめぐりました。
ふつう東海道は五十三次と思っています。五十三次目は大津宿で、起点が京都三条大橋。しかし、大津から南にそれて大阪まで行く街道があったということです。
五十四次は伏見、五十五次は淀、五十六次は枚方、五十六次は守口です。京阪電車で行った方が早くない?と思う部分もありながら、あくまでもバスで回ります。
このルートは京都と大阪を結ぶ街道として豊臣秀吉が整えたものだそうです。その後徳川時代に東海道が整備されたときに京都で終点にされてしまったとか…。
なので地元の人も五十七次を知りません。伏見でも、淀でも知っていたのは観光協会の人ぐらい。
しかし、枚方へ行きますと、五十六次の道標があり、観光地図まであって枚方宿は歴史観光スポットになっていました。地域イベントも行われているそうです。そして当時の宿の一つが資料館になっています。
この街道沿いは淀川の水運でにぎわっていたそうです。
旅の途中で敦士さんが、五十七次目が守口なら、起点となる場所はどこなんだろうという疑問を持ちます。そうしたら、資料館の人に聞いたらちゃんと答えてくれました。それは高麗橋でした。
枚方を出て守口へ向かう途中で雨のために電波が途絶えてしまいました。
なので守口は全く映らず。
映ったときは大阪にたどり着いて、高麗橋を探しているところでした。
そうしたら、高麗橋が見つかりました。橋のたもとには里程元標の石碑がありました。
高麗橋は上に高速が走っています。東海道の出発点、日本橋の風景と似ている…というナレーションが。
東海道が五十七次あったというのも驚きですが、なじみの地名が出てくるので、こういう街道があったのか、と一層興味深く思えました。
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