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2016年06月16日01:21

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「康熙帝」のいもづる式でジュンガル攻略

先日日記に書いた康熙帝の本で、ジュンガル攻略の所を読んでいますと、モンゴルなどの固有名詞が当然ながら全部漢字。ある程度は見当がつくんですが…。

明末清初の「蒙古族」は「漠南蒙古(内蒙古)」「漠北蒙古(喀爾喀蒙古、明朝の韃靼)」「漠西蒙古(厄魯特蒙古、明朝の瓦剌)」の三つに分かれていた、という所から記述が始まります。そして漠南蒙古のうち察哈爾部は清朝と近しい関係にあります。

喀爾喀蒙古はハルハ・モンゴル
厄魯特と瓦剌はいずれもオイラト
察哈爾部はチャハル部

と言う風に、読んでみれば見当がつきます。

そして厄魯特は阿爾泰山(アルタイ山)以南、巴爾喀什(バルハシ)湖以東、天山山脈以東の地域で活動していました。その中で準噶爾(ジュンガル)部の噶爾丹(ガルダン)が強大になっていきます。そして達頼五世(ダライ・ラマ5世)から「博碩克図汗(ボショクト・ハーン)」の称号を授かります。

そしてガルダンはハルハ・モンゴルを攻撃して、ハルハが清朝に助けを求め、清朝ではこれを保護します。そこから清朝がモンゴルの安定のためガルダンを撃つきっかけになっていきます。

このへんで現れる固有名詞が
土謝図汗…トシェート・ハーン
哲布尊丹巴…ジェプツンダンバ
策妄阿拉布坦…ツェワンアラブタン

だということは見当がつきました。でもわからない固有名詞がたくさん出てきます。日本語つまりカタカナではどう表記するんだろうと思いました。そもそも上の三人などは漢字を読んだら思い浮かんだんですが、一体誰?なんで知ってるの?名前だけ浮かぶけど何者なのかわかりません。

そこで引っ張り出したのが
「最後の遊牧帝国 ジューンガル部の興亡」(宮脇淳子:著、講談社選書メチエ)

この本が出た時に出来心で購入してしまい、一応なんとか目を通したんですが、内容がさっぱり頭に入りませんでした。なので何が書いてあったのかわかりません。多分、上記の固有名詞はこの本で何度か出てきて頭の隅に残っていたんだろうと思います。
パラパラ見てみますと、漢字の固有名詞がどんどんわかります。
まずこの本は最初に康熙帝のジュンガル攻略の次第が書かれます。康熙帝はむやみに戦をすることを望まず、ガルダンに対しても何度も帰順を勧めます。しかしガルダンは抵抗し、逃亡し、追い詰められて死にます。

そうして、そもそもオイラトとは何か、モンゴルとどういう関係にあるのか解き明かすために、チンギス・ハーンにさかのぼってモンゴルの歴史を概観していきます。
目次を見て中をパラパラみたら、そんな調子だったので、そこまでモンゴル史を調べるつもりはないのでこの本を再読しようとまでは思いませんでした。

さらにもう一つ、「カラ・ブーラン」という本もあります。(千葉宗雄:著、国書刊行会)上下二冊箱入り。古書店で見て衝動買いしたもの。これまた読みはしたものの、内容がさっぱり頭に入りませんでした。とりあえずこの本も引っ張り出して見てみました。どうも上巻にガルダンのことが書いてあるらしい。
そして、この本は清代に書かれた「親征平定朔漠方略」と「平定準噶爾方略」をわかりやすく書き直して紹介したものだったのです。

で、上巻の出だしがなかなかドラマチックで、よく晴れた日に突然起きた「アハ・ハナ」すなわち日食で人々がおののいている様子を描き、そしてこの時ガルダンが誕生したと書かれています。アハ・ハナの申し子、呪われた運命の子…

ということで、「康熙帝」を読み終わったら「カラ・ブーラン」上巻を読み始めてしまいました。
やっぱり固有名詞になじみのないものが多くて、わからなかったのも無理はありません。でも今回は「康熙帝」で読んだベースがあるので何とか流れがつかめました。康熙帝のジュンガル攻略の様子が詳しく書かれていました。
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