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2015年11月18日02:35

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兵庫県公館特別公開

兵庫県公館が特別公開をしているということで行ってきました。

http://web.pref.hyogo.jp/ac01/documents/koukan30.pdf

兵庫県公館はもとの兵庫県庁舎です。元町駅からすぐです。前に外観だけ見たことがあって、中を見てみたいと思っていました。
外観はフランス・ルネサンスの重厚な建物です。わくわくしながら中へ入ると…うーん。なんだかいまいち。入口を入った正面にエレベーターがあって、文字盤の階数表示もあるのですが、なんだか新しくてぜんぜん萌えません。

この建物は、戦争で外壁を残して焼失してしまい、戦後修復したのですが、老朽化のため取り壊されそうになったところを保存運動が起こって本格的に修復したそうです。だから新しく見えるのかというと、それだけではありません。無味乾燥な白い壁、四角い柱が全然明治の洋館らしくない最近の建物にしか見えないのです。
とりあえず入口に受け付けがあって、パンフレットをくれました。エレベーターのある正面から横の方へ行くと、降りる階段があってその先は大集会室です。また、登る階段があって、2階へ行けます。
手すりはレトロっぽいデザインを踏襲しています。でも階段の床も廊下もピータイルのような最近のつるんとした感じでなので雰囲気は半減。

兵庫県公館は吹き抜けを囲んでぐるりと部屋があるデザインです。2階へ行って順番に部屋を見ていきます。その中で兵庫県の歴史の展示がありました。
兵庫県は、江戸時代はいくつもの藩に分かれていて、しかも飛び地があったり入り組んでいたりしました。それが明治になると阪神間を中心に兵庫県が置かれました。さらに周辺では豊岡県や飾磨県ができたのですが、これらが統合されて、ほぼ現在の兵庫県になりました。もとの兵庫県と、日本海側の豊岡県が一緒になると広大すぎるという異論もあったようです。
姫路周辺が「飾磨」という名前で別の県になっていた、というのは、母が姫路出身なので興味深いことです。
兵庫県の歴代の知事の写真もずらーっと飾ってありました。初代の知事は伊藤博文でした。

それから兵庫県関連の展示がいろいろ。やはり兵庫県成立時の地域分けは今も健在で、地域ごとの名産品の紹介などがあります。姫路城の写真もあります。姫路の名産として姫路皮とか、明珍火箸とか、母から聞いていたものがありました。
また、兵庫県の人。桂米朝、小磯良平などの紹介。

館内には室内、廊下などに美術品がずらっと飾ってあります。絵画、彫刻、書など。
また兵庫県ゆかりの美術品を集めた部屋もあります。その中に小磯良平の絵もありました。メリケン波止場に集まる西洋人を描いたちょっとラフな絵は、タピスリーの原図として使われました。
阪神淡路大震災の展示の部屋もありました。

期間中はガイドツアーもあります。集合時間に集合場所の3階エレベーター前へ行きますと、横の壁にその小磯良平原図の大きなタピスリーが掛かっています。
3階には奥に第一会議室があります。重要な会議や式典に使われる部屋です。修復するときに壁紙や天井や床など細部にこだわって再現したそうです。そう言われてみますと、新しくて情緒がないなと思っていた公館も、この部屋は重厚に見えます。映画「「日本の一番長い日」のロケにも使われたそうです。
さらに特別室を見ました。その奥には貴賓室があります。国家元首や天皇が来たときの控室です。最近では、1月17日に阪神淡路大震災20周年の式典があった時に、天皇皇后両陛下が来てこの部屋を使ったそうです。

知事室もありました。県庁は今は移転していますが、式典の時など公館を使うときは知事はここを使うそうです。フランス大理石のマントルピースが再現されています。もともとは使える暖炉だったのですが、修復した時に単なる装飾になりました。
ガイドツアーは20分ほどで、3階のこうした重要な部屋の説明のみでした。

館内には兵庫県公館の歴史がわかる展示もありました。もらってきた資料によりますと…。
兵庫県庁舎はまず最初の兵庫県ができた時に大阪町奉行所兵庫勤番所が使われました。神戸でも西の方、兵庫区のあたりです。しかし手狭になり、また居留地からも遠いので、今の神戸駅から北の所に第2代目庁舎が作られました。写真が残っていて、和風の建物です。
その後、オランダ領事が帰国する際に私邸を提供して、それを新しい県庁舎にすることになりました。これが現在の公館のある場所で、明治を通じてそれが県庁舎として使われました。
兵庫区は県名にもなった地名のはずなのに、神戸の中心部からかなりはずれた感じですが、県庁舎が居留地や港に近いところへ移動して行った結果なのですね。

明治末期にその庁舎が老朽化したことで、新しく県庁舎が建てられることになりました。山口半六の設計で明治35年(1902年)に落成しました。これが現在の兵庫県公館です。工事中の写真も展示されていました。
この建物は空襲で外壁を残して破壊されました。戦後も修復して庁舎として継続して使われました。その後北側に新しい県庁舎が建てられましたが、南庁舎として利用されていました。
それが老朽化で壊されそうになる所を修復して使うことになったわけですが、そのため戦後の修復から創建当時のものに近づけることになりました。特に正面の屋根が、もとはやや平たいドーム状のマンサード屋根だったのが、戦後の修復で四角錐の上を切ったような形になっていました。それを再びマンサード屋根に戻しました。そうして「兵庫県公館」として開館してから30年たったわけです。

東京駅が空襲で焼けた時も、戦後の修復でドームが四角錐の上を切ったような形になっていました。それが100周年の大修復でもとのドームが復元されました。角形の方がドームよりも簡単なんでしょうかね。

また屋根のスレートも復元されました。スレートの工事見本も展示されていました。吸水性の少ない石を厳密に選んで加工したそうです。

思いがけず兵庫県の歴史に触れたりして、興味深くはありました。外観はとってもステキでしたし。
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