素敵なホテルに別れを告げて、クルーズ組の人たちと一緒にバスに乗って出発しました。
9時出発で、クルーズ船乗船は9時半です。
広い道路でバスを降りました。船着き場はそこから少し先です。私は降車した道路わきの建物を示されて、10時半までにこの場所に必ず戻ってきてくださいと厳しく言われました。反対側を見ますと、道路の向こうが高い丘になっていて、そのてっぺんあたりにドームとミナレットが見えます。
「あれがスレマニエ・ジャミイですよ」と言われました。お〜、あそこか!
ということでクルーズ組は船着き場へ、私はスレマニエ・ジャミイを目指して歩き始めます。まず時計を見て、ここから何分かかるかきちんと計っておきます。スマホの地図を見ても現在位置がいまいちわかりにくい。ガイドブックも見ましたが、地図では船着き場から海沿いを歩いてどこかで曲がるはず…と思って海沿いを歩き始めたら、道路を渡ることができません。スレマニエ・ジャミイが遠ざかってしまう。
なので地図を見るのをあきらめて、見えている方向へ進むことにしました。
まず元の位置まで戻ります。そこには信号があります。路面電車が走っていてかなり広い道路です。信号を渡ったら、上を目指して登っていきます。私は大学時代、山奥の大学で急な坂を上り下りしていたので、坂道も普通の道と同じように上り下りできるのです。
なのでどんどん登っていきましたが、こんな時、見えているからと言ってそちらを目指して進んで行ってもどこかで曲がったり行き止まりになったりすることはあるもので、そうなったらイヤだなーと進んで行ったら、行き止まりが見えてきました。あーあ…と思いながらそこまで行きますと、横の方に道がありました。でも上りにならないので不安に感じ、近くにいた人に聞いてみました。「スレマニエ・ジャミイ」と言えばどこに行きたいかわかってもらえます。指さしでここをこう行って…と教えてもらって、そちらに向かって行きました。
そうしたら道も上りになり、白い大きな壁が見えてきました。もしやこれが…と思いながらたどっていくと、曲がり角になり、曲がって進んで行ったら出入り口が見つかりました。
スレマニエ・ジャミイだ!たどり着いたー!
中に入りました。そうしたら猫ちゃんがいました。
広い中庭に泉水があります。中庭を横切って建物に入ります。入り口にはアーチが並びます。今日はもともとモスク観光が日程に入っているのでスカーフを持っています。靴も脱ぎます。床はじゅうたんです。
大きな美しいアーチの上にドームが載ります。アーチは赤白の縞模様です。どこまでも踊るアラベスク模様にステンドグラスから入る光。きれいだなあ。柱がとてもゴツイです。
中は三分の一ぐらいのところに柵があります。そこからはお祈りをする人だけが入れます。その向こうの壁はミフラーブ、つまりメッカの方角です。ミフラーブの横には階段状のミンバル(説教壇)。
「ジャミイ」とはトルコ語で「モスク」の意味です。なのでガイドブックによっては「スレイマン・モスク」と書いてあります。
このモスクを建てたスレイマン1世はオスマン帝国第10代皇帝で「大帝」「壮麗帝」とも呼ばれます。コンスタンチノープルを陥落させたメフメト2世は第7代なので、それから3代後ということになります。
若くして即位し、周辺諸国を征服してオスマン帝国の最盛期を築きました。また文学、科学、芸術面でも発展しました。
スレイマンはオスマン帝国で最も有名な建築家、スィナンに命じてイスタンブール最大のモスクを築かせました。
さて、時間はまだありますが、行かなくてはいけないところがありますので、いったん建物から出ます。そして後ろに回ります。
「物語イスタンブールの歴史」によりますと、スレイマンはこのモスクの裏手に自分の墓廟を築かせました。その位置はモスクのミフラーブの裏に当たり、人々がメッカの方向に向けて礼拝する時、自分の墓廟に向かって頭を下げることになるということです。
というわけで、モスクの裏側に来ますと、六角形のドーム屋根の建物がありました。これがスレイマンの墓廟です。中は美しいイスラム模様です。スレイマンのほか何人か一緒に柩が並んでいます。皇女ミフリマーもいます。
…ヒュッレムがいないな。と、思ったら、墓廟を出たらその先に一回り小さい同じような形の建物がありました。これがヒュッレムの墓廟でした。一緒じゃなくて独立した墓廟を作ったのか。内部は青いタイルが美しいです。
ヒュッレムは東ヨーロッパからさらわれてきた女性でした。奴隷として売られ、ハレムに入りました。ヨーロッパでは「ロクセラーナ」と呼ばれますが、これは本当の名前ではなく「ルーシ人の女」という意味です。本名はアレクサンドラと言います。
スレイマンには第1夫人マヒデブランがいて、皇子も生まれていましたが、ヒュッレムを寵愛するようになります。その後マヒデブランは宮殿から追い出されて辺地にやられ、ヒュッレムが一番の寵姫になります。
と、聞いただけでドロドロのハレムの争いが想像できますが、たぶんドラマ「オスマン帝国外伝 愛と欲望のハレム」にはこういったことが描かれていたんでしょうね…。私は篠原千絵のマンガ「夢の雫、黄金の鳥籠」だけ読みました。
ヒュッレムは後宮の争いを勝ち抜いてきただけでなく、スレイマンの政策の相談もしていました。さらに慈善事業も行い、学校や病院を建てました。浴場も作りました。スィナンの設計で、今もヒュッレム・スルタン・ハマムとして使われています。
モスクの横の方へ行きますと、高台にあるためながめがとてもいいです。海も見えます。この市街地の中心部で最も高い場所に自分のモスクを作らせたスレイマンの意図がわかります。
時計を見ると時間がまだ少しありますので、もう一度モスクの中に入りました。そしてじゅうたんに座って上を見まわしました。
そうして、そろそろ出たほうがいい時間になりました。
モスクを出て元来た道を戻ります。遅れてはいませんが、つい早足に。どこかで下に向かう道に曲がるはずですが、どの道を曲がったのかうろ覚えで、そのまま曲がらずまっすぐ進んでしまいました。そうしたら前方に階段が見えました。階段は使っていないので、元来た道ではないのですが、戻っても元来た道がわからないかもしれない。戻って時間を無駄にするよりそのまま降りて行ったらなんとかなるかも、と思って階段を降りて行きました。そうしたら広い道路に出ました。坂道になっていて、下の方を見ますと、目印にしていた建物が見えました。よかった!このまま降りて行ったらいいんだ!
と、思うと慌てることもないだろうと歩くスピードを落としました。広い道路の両側にはお店が並んでいます。お土産のようなものを売っている店から日用品まで。そういったものを見ながら街歩き気分です。
そうして指定された場所まで戻ってきました。やった!十分間に合った!楽勝!
ということで、クルーズ組が戻ってくるのを待ちました。
しばらくしたら向こうの方からみんながやってくるのが見えました。手を振ってみんなと合流。添乗員さんにもご迷惑をおかけしました、ありがとうございます、とても良かったです…と言おうとしましたが、会釈ぐらいですっと列の前方へ行ってしまいました。
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