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2025年04月01日01:49

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「ゲーテはすべてを言った」

「ゲーテはすべてを言った」
鈴木結生:著
朝日新聞出版

https://publications.asahi.com/product/25150.html

珍しく芥川賞を取って話題になった本を、しかもハードカバーですぐに購入。
それは「ゲーテ」という言葉に惹かれたから。
私はゲーテは好きと言うより偉大な文学者だと尊敬しています。なのでこの本ではどんなことが書いてあるんだろうと思いました。

そうしたら、「端書き」でいきなり引っ掛けられそうに。
この本は、著者が義父の付き添いでドイツに取材旅行に行った時、義父が語ったことを書きとめ、本人の了承を得て創作を交えて小説の形態にして書いたものだという。あまりにももっともらしくて「そうなのか」と思ってしまいますが…いや、これはここからがすでに小説の世界なのではないかと思い直しました。「HHhH」で自分が取材したことを書いているように見せかけたのと同じように、これもまた創作ではないかと。

そうして本編に入ります。
「著者」が妻と結婚する前、彼女と両親の3人家族で結婚記念日にイタリア料理店へ行ったところから始まります。デザートのケーキと一緒に飲む紅茶のティーバッグのタグに名言の類が書いてありました。しかもそれぞれ書いてあることが違う。義父の紅茶のティーバッグには英語で書かれた短い文と「Goethe」の文字。

義父の名は博把統一(ひろばとういち)。日本でゲーテ研究の第一人者とされる学者です。統一はドイツ文学者の芸亭學(うんてい・まなぶ)を師としており、師の次女である義子(あきこ)と結婚し、徳歌(のりか)という娘をもうけました。

ゲーテ研究者の統一の所にゲーテの名言が来た…ということで家族は驚きます。しかし統一はこの言葉を読んでも出典がどこにあったかすぐには思い出せません。英語で書かれていることでもありますし、「ゲーテの名言」など山ほどあって、いくら研究者と言ってもそう言った言葉全てを覚えているわけではありません。なのでそのまま放って置いてもよかったのですが、統一はそのタグを持って帰りました。

そうして統一はその名言の出どころを調べ始めます。しかしなかなか見つかりません。
その中で、統一はドイツに遊学していた若い時に隣人のドイツ人から聞いた言葉を思い出します。「ゲーテはすべてを言った」…ドイツ人は名言を引用する時、誰のものかわからない時や自分で思いついたものでも何でも「ゲーテ曰く」と付け加えるんだと。

ここらで気が付くのは、登場人物の名前がかなり変わっていることです。博把統一、義子と書いて「あきこ」。「のりか」という音は普通の名前に聞こえますが、「徳歌」という漢字になるとすんなりとは読みにくい。
そして芸亭學。「芸」を「うん」と読むのは、芸術の「芸」ではなく別の文字です。芸術の「芸」は正字では「藝」です。しかし「うん」と読む「芸」はこれで正字です。「云」の部分が読みを表していて(雲とか云々とかの「ウン」)、草冠は植物を表します。

さらに統一の学者仲間は然紀典(しかり・のりふみ)、学生は紙屋綴喜(かみや・つづき)。

物語は名言の出どころ探しをベースに、統一の周辺に起こる出来事を綴っていきます。
学者の一家は普段の生活も知的レベルが高い。徳歌も卒業論文を書いている学生で、かなり優秀らしい。
統一はグールドのゴルトベルクが聞こえてくることで妻が起きていることがわかった。…「グールドのゴルトベルク」とは何なのか、全く説明なし。しかも81年の再録だという注釈付き。(バッハの「ゴルトベルク変奏曲」のことで、グレン・グールドというピアニストが弾いたもの、という意味。「ゴルトベルク変奏曲」は不眠の伯爵のために書いたと言われていますが、それを朝にかけているというのがおもしろい)。

そもそも、ティーバッグに英語で書かれた名言を読みあって盛り上がる家族って。

また統一の周辺でも学者や学生ばかりのせいか、パスカルとかラブレーとかブルーノとかクザーヌスとかいう名前がポンポン出てきます。
「カンディード」のドイツ語訳がどうの、とか。
「コヘレトの言葉」とか。

「ホメロス」では色の描写がおかしいってホント?

また、一家でお正月を芸亭學邸つまり妻の実家で過ごすのですが、その家が「ビーダーマイヤー様式」…一体どんな家だ。トーネットの曲げ木椅子があるとか?

統一は娘に彼氏ができたらしいと知ってうろたえます。あからさまなうろたえ方はせず表面は落ち着いているのですが、どうしたらいいかわからない状態。

そして大学では然紀典の最新の著書に盗作・捏造疑惑が起こって大騒ぎ。

そんな中、例の名言について意外な所…というか、盲点だった所から解決の糸口が見つかります。

そうして結末を迎えたあとにもう一度「端書き」に戻って見ますと。
なるほど、全てが通じます。やっぱりこれは最初から創作だったのでしょう。
と、思ったところで「あ!」と思うことが。
著者が義父から聞いたのは「6年前の例の件のあらまし」でした。「6年前」!!
この本に書かれていることは、実際の出来事が書かれていることから2023年〜2024年にかけてのことだと思われます。それが6年前?!?

さらに、「端書き」では、博把統一が「未発見のゲーテ書簡について」という文章を発表していると言います。しかもURL付き。そのURLを入力して見ますと、本当に「未発見のゲーテ書簡について」という文章が出て来るのです。小さい文字がびっしり書かれているのですんなりとは読みにくいのですが。その中にこれまた「あ!」と思うものが。(ただし、物語のネタバレが含まれるため、中を読む前に読むのはおすすめできません)。

それにしても、この著者の博学ぶりはものすごいです。なにしろ様々な作家や哲学者の名著が次々と出てきて、しかも登場人物皆ががそれが自然と身に着いたことのように語ります。(「マカロニほうれん荘」まで出て来る)。一流の学者の大学生活やその家族などが、これだけリアリティをもって描写できるのもすごいです。テレビ番組で「やってしまった」と落ち込むのも、それがどれだけ学者たるものがやってはいけないことなのか、一般人にはわかりづらいかもしれません。
URLに出て来る文章も、本当に長年ゲーテを研究してきた学者が書いているように見えます。

これを読んだらゲーテが読みたくなりました。
「西東詩集」も読みたいですが、エッカーマンの「ゲーテとの対話」も読んでみたいです。
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