「バタヴィア」といえば、昔のインドネシアの名前で、インドネシア系の言葉だと思っていました。
そうしたら。
私は「世界史研究会」というLINEグループに入っていて、毎日世界史関連の「今日の出来事」が配信されてきます。
今日(1月19日)は1795年にバタヴィア共和国が成立した日だそうです。
これを見て、私は最初インドネシアにそんな国があったのかと思いました。
ところが、説明を読んでみますと、オランダのことだそうです。
オランダの歴史はいろいろくっついたり離れたりよその国に支配されたり、ややこしくてあまりわかりません。フェリペ2世時代のスペインに支配されていたことは知ってるんですが。
フランス革命の頃、オランダの革命派がフランスに亡命していて、フランス革命軍の後押しで革命派が作った国が「バタヴィア共和国」なんですと。その名前は、古代ローマ時代にオランダあたりに住んでいたゲルマン系のバターウィー族に由来するんだそうな。
で、オランダは国の中は色々ややこしいんですが、オランダ東インド会社を作ってインド〜東南アジアに進出していました。そしてジャワ島の港町を征服して、自分たちの先祖のバターウィー族から「バタヴィア」の名前を付けたんだそうです。ここはバターウィー族のものだぞー、というアピールをしたかったらしい。
それにしてもインドネシア系のものだと思っていた名前がゲルマン系だったとは…。頭の切り替えができません。
ちなみに、バタヴィア共和国はナポレオンに征服されて、ナポレオンの弟が国王になって解消しました。
さらに、ジャワ島のバタヴィアは、第二次大戦の時に日本に征服されたときに、現地の言葉に近い「ジャカルタ」に改められました。その後インドネシアが独立した時に「ジャカルタ」の名前で首都になり、現在に至る。
「ジャカルタ」とはサンスクリット語で「ジャヤ・カルタ(偉大なる勝利)」が語源で16世紀から使われ始めた名前です。その前はスンダ語でスンダ・クラパと呼ばれていたとか。
日本では戦国時代に東南アジアへ出かけた人たちがいたり、オランダから情報が入って来たりして、その時は「ジャカルタ」のなまりで「じゃがたら」と呼んでいました。なので日本人にとっては「ジャカルタ」の方がなじみがあったのかもしれません。
最近マイミクさんがジャカルタへ行って、オランダ時代の建物が残っているとか、オランダ行政府の建物が博物館になっていて、オランダ統治時代に思いを馳せた日記を書いていたので、より一層興味深く感じました。
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