「ロボット」の語源はカレル・チャペックの戯曲から…というのは有名な話ですが、その肝心の芝居を見たことがありません。上演された記憶もありません。それがついに上演される!
ということで、これは見なくては、と思って兵庫県立芸術文化センター中ホールに見に行ってきました。
ロボットを生産する工場がある島に見学にやってきたヘレナ(朝夏まなと)。応対する社長ドミン(渡辺いっけい)から詳しい説明を聞きます。ロボットは人間に代わって労働をするために作られ、出荷されて行きます。社長は今まで人間がしていた労働が全てロボットが代わりにやってくれるようになる、そうしたら人間は労働から解放されて好きなことができるようになると言います。
それに対してヘレナはロボットにも人権を認めるべきだと言います。しかし社長や他の社員たちはロボットには感情はない、そのようなものは必要ないという。
現代の私たちは「ロボット」と言うと機械のようなものを想像しますが、最初に描かれた「ロボット」は人間と同じ内臓や皮膚を備えた人間そっくりのもの。その発明や成り立ちも、生命を誕生させようとする試行錯誤から生まれたということで、最初の「ロボット」という概念はそういうものだったのかと思いました。
なぜか唐突に社長がヘレナに求婚するのは「?」になりましたが、ともかくヘレナはこの島で社長夫人になりました。
それから10年後。
実はヘレナは「ロボットに人権を」という考えを捨てていませんでした。
結局それが悲劇的な事態を引き起こす…。
この戯曲が書かれたのは1920年。
カレル・チャペックは、労働力を担うために「ロボット」という存在を考えついたわけですが、現在AIが様々なジャンルにわたって使われるようになっていることで、より一層身近な問題のように感じられるようになりました。もしAIが人間に取って代わるようになったら…。
つまりロボットが人間を滅ぼしにかかるわけですが、しかしそれで終わりではありませんでした。
ロボットにも寿命がありました。人間に製造してもらわないと新しいロボットは生まれません。唯一生き残った工場の技師、アルキストはロボットたちから新しいロボットを作るように強要されますが、彼一人の力ではできません。
「こういう芝居だったのか」としみじみ思いました。
さて、この戯曲は早くも日本で1923年に「人造人間」というタイトルで翻訳されました。ロボットが生まれた成り立ちから考えますと、「人造人間」というのはうまい訳ですね。
余談になりますが、「のらくろ」で有名な漫画家、田河水泡に「人造人間」という漫画があります。昭和初期の作品で、日本で最初のロボットマンガとも言われています。もしや田河水泡はカレル・チャペックの「人造人間」の翻訳を読んでいて、この言葉を使ったのでしょうか。内容としては当時の児童漫画なもので、人造人間を作った博士と一緒に暮らしている中で起こる騒動をユーモラスに描いたものです。ただ、生命を模倣したというよりは機械に近い絵になっていますので、カレル・チャペックとは関係ないかもしれません。
さらに、当時田河水泡は人気のある漫画家でしたので、手塚治虫も子供の時に読んでいたそうです。もしかすると「人造人間」も読んだことがあったかもしれません。としますと、「鉄腕アトム」の誕生に影響を与えた可能性も考えられます。
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