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2023年05月20日23:46

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「オッス!おら三蔵 西遊記の世界」

なんちゅうタイトルやと思いますが、NHKの「歴史探偵」5月17日放送分。
それは「オッス!おら悟空」やろー!

前半は玄奘三蔵の実際の天竺への旅の説明。
後半はなぜそれが「西遊記」という奇想天外な物語になったのか。

唐の初め頃、国民が国外へ出ることが許されなかった時代。玄奘はあらゆる仏典を読み、高僧に質問してもどうしても仏教の教えでわからないことがありました。これはもう天竺へ行って原典を見るしかない!と思い詰め、国禁を犯して出国しました。
そうして現在のトルファンにある高昌国にたどり着いたら、国王から徳の高い僧が来たと手厚いもてなしを受けました。ぜひこの国にとどまってくれと必死に引き留めるのを、断食をして抗議。国王はその熱意に打たれて旅費や旅支度を手厚く用意して玄奘を見送りました。

その後玄奘はまっすぐ天竺へは向かわず北へ向かい、天山山脈を越えてスイアブへ。「なんで?」と思うルートですが、そこは西突厥の国王(「可汗」が正しいと思いますが、番組では説明を省くためでしょう)がいる所で、国境の南からインドへ入ることができたのです。西突厥でも手厚いもてなしを受けてインドまで安全に旅をすることができました。

玄奘はコミュニケーション能力が高かったのかと言っていましたが、案外人たらしだったのかも…。

そしてインドに入ってナーランダー僧院で学び、17年ぶりに帰国。帰国したら国禁を犯した罪を問われるどころか皇帝自ら大歓迎で迎えてくれました。
そして玄奘は残りの人生を全てインドから持ってきた経典の翻訳に捧げました。
その翻訳は、一人で黙々とするのではなく弟子を養成して分業体制で行われました。

さて、時代は下って明の時代の末ごろに、玄奘の旅にヒントを得た「西遊記」が出版されました。しかしその内容は、異形の3人の従者、空想のトンデモない国や妖怪がゾロゾロ。荒唐無稽なお話でいっぱいでした。

なんでそうなったかというと。

細かい所はすっ飛ばしますが、長い年月にわたって民間信仰、山海経などいろいろな要素がくっついた物語が増幅されていったのです。例えば孫悟空はもとは「斉天大聖」という名前で、民間信仰の猿の神様でした。猪八戒は摩利支天の乗り物の豚でした。
そういったものを取り入れた西天取経の物語が出版され、話が面白い方が売れるのでだんだん変化して増幅していったということです。

西遊記成立の話は初めて知ることばかりでおもしろかったですが、改めて玄奘の旅はすごかったなーと思いました。やはりそれはなんとしてもインドへ行く、という強い意志が働いていたのでしょう。
しかも玄奘が書いた「大唐西域記」には途中の国のことが詳しく書かれています。マルコ・ポーロは商人だったので、商売に役に立つ情報を集めていたんだろうと思いますが、玄奘が途中の国について詳しい情報を記録していたのはどうしてなんだろう。

「大唐西域記」と「東方見聞録」は似ていると思う所があります。訪れた国の情報を詳しく記していること、そして自分が何をしたかは書いていないこと。そして、それぞれの国についてこれだけ詳しい情報を記載した書物は他にないこと。
19世紀末〜20世紀の中央アジア探検時代、情報のないこの地域の手掛かりに探検家が持って行ったものは「東方見聞録」と「大唐西域記」だといいます。この二つが二大中央アジア記録本だったからです。

ところで、玄奘については弟子が伝記を書いています。(「大唐大慈恩寺三蔵法師伝」)。こちらには玄奘の旅の様子が書かれています。
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