会津坂下の観光が終わったので、湯川へ移動します。坂下と湯川の境目に「道の駅あいづ」があり、そこから湯川に入ると勝常寺に行けます。
勝常寺は徳一が開いた寺です。その通り薬師如来が祀られています。薬師如来は国宝で、薬師堂(重文)に安置されていますが、その他の仏像は全て収蔵庫に入っています。脇侍の月光菩薩、日光菩薩も収蔵庫の中です。
徳一は興福寺や東大寺にいたことのある僧で、空海とも交流がありました。やがて東国へ修行の旅に出て、会津に落ち着くことになりました。徳一は空海の願いによって会津に寺院を建て、仏像を作り、会津が「仏都」と呼ばれるほど仏教を隆盛に導きました。空海は徳一を「菩薩」と称しました。
言い伝えでは、空海がこの地に来て薬師如来を刻んで五か所に安置したと言われています。それが会津五薬師です。しかし空海が実際に会津に来たという確証はありません。東西南北と中央に薬師如来を祭ったお寺の伝承が会津に伝わっていますが、その五か所はどこなのか廃寺になったものもあってはっきりしません。ただ勝常寺だけは中央薬師としてはっきりと伝わっています。坂下で見た上宇内薬師堂も五薬師の一つに数えられることもあります。
勝常寺の収蔵庫には徳一の像が残されています。
小さな山門を入ります(写真左)。
住職さんが収蔵庫の鍵を開けてくれて、案内してくれました。
収蔵庫に入りますと、薬師如来の脇侍の月光・日光菩薩のほかたくさん仏像が並んでいてうっとりします。ああ、来てよかったー!と思います。地蔵菩薩、十一面観音、四天王…。木造で素朴な力強さを感じさせる造形の中にも細部にまで手が加えられて、見ごたえのある立派な仏像ばかりです。立像が多く、ほぼ等身大ぐらいです。
隅の方に徳一の像があります。徳一というとこの像が紹介される、有名な像です。顔の部分に亀裂が入っているのが少々痛々しい。
収蔵庫の仏像群にウットリした後は薬師堂へ行きます。(写真右)
勝常寺の薬師如来は額が狭いのが特徴で、白毫がありません。量感のあるどっしりとした座像です。衣にも厚みがあります。結跏趺坐の上の方の足の先に衣がかかっているのも特徴の一つです。立派な光背も同時期のもの。しかし薬師如来につきものの七つの化仏は失われています。その代り(?)右の方に飛天のような小さな像がくっついていました。この両側に、月光菩薩と日光菩薩が並ぶ様子を想像してみました。また、小さな十二神将も並んでいました。
これで会津の仏像めぐりは終了です。素晴らしい仏像がいろいろ見られて、本当に来てよかったと思いました。道の駅あいづに戻って、バスで会津若松まで戻りました。
ログインしてコメントを確認・投稿する