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2019年05月15日01:11

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福島旅行記(18)会津坂下3・立木観音

次に目指すのは恵隆寺です。
しかし、まずはその近くの心清水八幡神社へ案内されました。もとは恵隆寺とセットだったのが、明治の神仏分離令で分けられたものです。お寺と神社が隣り合っている場合、たいてい神仏習合でセットだったものが明治に分離されています。
そうしたら、ひたすら登ります。草が茂っていて、途中にその中から小さな祠が見えたりします。上にたどり着くと、板塀がぐるりと囲ってあり、外側から見るだけです。大きな神社が見えます。周囲を一回りして降りていきます。

降りてきたところにはちいさなお土産屋さんがあって、店先には座ることのできる台もあります。そこで休憩。ガイドさんがおやつを持ってきてくれていたのです。おやつは、かぼちゃのカマンベールがけ。お店の人も気さくにどうぞ、どうぞ、とお茶を出してくれます。田舎の素朴な人情を感じてなごみます。

さて、その先に茅葺の古い民家が見えます。
重要文化財の旧五十嵐家住宅です。昭和30年ごろまで住宅として使われていましたが、その後ここに移築されてきました。移築工事の際「享保14年」(1729年)の墨書が発見されて建築年代の手掛かりになりました。

「とんぼぐち」から入ります。入り口のそばにうまやがあります。馬が逃げ出さないよう、内側からは外すことができない横格子が渡してあります。入ったとろは土間で「にわ」といいます。奥には「ながしば」があります。入り口から見て「にわ」の右手から上がるようになっていて、小さい正方形のいろりのある「おめぇ」があり、食器などが再現されています。その奥に「へや」と「ざしき」があります。会津武家屋敷や滝沢本陣で見た構造とよく似ています。会津のお屋敷の基本として共通するものがあるようです。
少し離れて小さな「厠」があり、さらに「籾倉」があります。

そうしてようやく恵隆寺へ。
恵隆寺の見どころは巨大な千手観音です。「立木観音」と言われ、立っている大きな木をそのままま彫刻して作ったものです。この観音を収めるために観音堂が作られました。観音堂の床下を見るように言われました。そうしたら、根が生えたままになっています。
観音堂に入ります。そうしたら、大きな白い幕が下がっていました。斗帳といって、扉の代わりです。観音像が巨大すぎて厨子を作ることができず、扉を作ることもできないからです。の右側から入ります。そうしたら幕の内側は狭くて、中央には巨大な千手観音がありますが、その両側に階段状になって小さい彫刻がびっしり。二十八部衆と風神と雷神です。彩色されています。
千手観音が巨大すぎるのに対して、斗帳の中が狭すぎて、ずーっと見上げなくてはいけません。なので全景どころか顔も下の方しか見えないような状態です。
お寺の起源は飛鳥時代からですが、千手観音は鎌倉時代で重要文化財です。

立木観音は会津三十三観音第三十一番札所。
会津でも西国三十三か所、お伊勢参りなどが盛んでしたが、保科正之公が地元で観音めぐりができるように高僧らと共に会津三十三カ所を定めたそうです。
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