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2019年02月28日00:56

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福島旅行記(12)飯盛山2・さざえ堂と戸の口堰洞穴

飯盛山のてっぺんから下りる順路が示されていますので、そこを降ります。普通の石段です。
途中にお土産屋さんがありました。何の気なしに通り抜けしてみると、絵葉書が目に留まりました。そういえば、絵葉書も欲しいな。桜の鶴ヶ城とか自分では撮れない写真も、昔の鶴ヶ城の写真もあるし。さらに「白虎隊物語」という冊子が。白虎隊にはまるつもりはないんですが…これぐらい薄い本ならすぐに読めるかも。…結局絵葉書と冊子を購入。やっぱり本が増える…。

さらに降りていきますと、飯盛山の名所・さざえ堂があります。
正確には旧正宗寺・円通三匝堂(さんそうどう)と言います。二重らせんの構造になっているので外観から「さざえ堂」と呼ばれています。内部は二重らせんのスロープになっていて、回りながら登って、回りながら下りてくると上る人と降りる人が出会うことがありません。世界でも珍しい構造物で、こういった二重らせんの構造は他にフランスのシャンボール城があります。そのせいか、シャンボール城の情報がオランダあたりを通じて日本にもたらされたのではないかという説もありますが、証拠はありません。

ちなみに、シャンボール城はフランス国王フランソワ1世が建てた城です。城の中央部に二重らせんの階段があります。フランソワ1世はレオナルド・ダ・ヴィンチをフランスに連れてきたため、このアイデアはレオナルドが考案したとも言われますが、城の設計は別人で、レオナルドが亡くなってから完成したことでもあり、推測にとどまっています。

中に入りますと、板のスロープになっています。滑り止めと思われる細い木の棒が横切って取り付けられていますが、間隔が不規則でかえってつまづいて引っかかりそうになります。手すりがないと登れません。やっとのことでてっぺんまで行きますと、そのまま別のスロープで降りていきます。やっぱり手すりにすがらないと降りられません。
城の内部の階段として使われているシャンボール城と違って、さざえ堂の内部は二重らせんスロープだけです。何のための建物かと言いますと、もとはここには中心柱に西国三十三観音の絵が並べてあり、それをたどって上り下りすると巡礼を果たしたことになるのです。

しかし明治の廃仏毀釈で三十三観音は取り外され、皇朝二十四孝(会津藩道徳教本)の絵に取り換えられました。今では黒っぽくなって判別しにくくなっています。

さざえ堂の近くにあるのが宇賀神堂です。
もともは弁財天を祭るために建てられたものですが、現在は白虎隊士の像がみどころです。小さな人形ですが、一人ずつ表情やポーズが違っていて名前も付けられています。

そこからさらに降りていきますと、戸の口堰洞穴に着きます。もとは猪苗代湖から会津盆地へ水を引くために作られた水路です。
滝沢本陣から出陣した白虎隊士中二番隊は、戸の口原の戦いに加わります。しかし新政府軍の進軍をとどめることができず会津は敗退します。白虎隊士たちは城へ戻ろうとして飯盛山にたどり着きますが、滝沢口には新政府軍がすでに迫っていました。そこで隊士たちは洞穴を通ることにしました。水の通る暗い洞穴を通って反対側に出たあと山に登って鶴ヶ城の様子を見降ろしました。そこで城下が燃えているのを見たのです。
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