福島へ行く前に東京へ…。
鳩山一郎が建てた洋館が一般公開されているので行ってみました。
門から急な坂道を上がったところに建っています。
絵に描いたような「洋館」です。
1924年に建てられたもので、1995年に大改修を行い記念館として公開されるようになりました。
中に入ると右手に部屋が並んでいます。三部屋ありますが、仕切り戸を開けると続きの間になります。これは日本家屋を参考にしたということです。そのうち二つの部屋は応接室で、椅子に座ることもできます。一番奥の部屋が食堂です。鳩山家の席次も書いてありました。食堂の上にはステンドグラスもあります。こんな家に住み、こんな食堂で食事をしている暮らしってどんなものかと思います。
この三部屋にサンルームがつながっています。そこから庭に出ることができます。ばらが有名だそうですが、今の時期はほとんど咲いていません。池には鯉がいます。あまりにデカくてビックリ。
鳩山一郎はソ連に抑留された家族の訴えによってソ連との交渉を決意したといいますが、その訴えを聞いたのがこの家だということです。
2階は記念館になっています。まず和室があります。これは鳩山夫人・薫の記念室です。遺品や着物が展示してあります。共立女子学園の理事長も務めた賢夫人です。鳩山一郎のソ連行きにも同行し、その時に使ったというバッグも展示されていました。
もと書斎だった部屋が一郎の記念室です。ソ連との交渉の時に関係者とやり取りした手紙など、昭和に書かれたはずなのに筆で書かれたその文字が達筆すぎてほとんど読めません…。
本棚にはアメリカの百科事典や洋書が並んでいます。論語など中国の古典も並んでいます。昔の政治家は教養があったんだなーと思います。その中で目を引いたのは、クーデンホーフ・カレルギー著作集。9巻もあります。日本語でこんな本が出てたんですね。一郎はクーデンホーフ・カレルギーの「友愛」の精神に共感し、「友愛青年同志会(現日本友愛協会)」を設立しました。
鳩山由紀夫が首相になったとき、所信表明で「友愛」と言って国民の頭に「?」を飛ばすことになりましたが、一郎から受け継がれた思想だったのですね。でも首相としてそれを押し出すのにはもうちょっと出し方に工夫をするべきだったと思う…。
1階の応接間の上に当たる部分は、もとは寝室などいくつかの部屋に分かれていましたが、改修の際に一つの大広間に変更されました。ここは貸館としていろいろな集会に使えます。
書斎と対になる部分には、鳩山一郎の長男で、邦夫と由紀夫の父である威一郎の記念室です。3人とも遺品の中に硯と墨と筆があり、筆で字を書くのが普通だったのかなーと思いました。書棚の本は一郎よりは現代に近いラインナップでした。
外に出て、外観を見てみます。建物の角などに鳩のモチーフが使われています。
「旅のクチコミサイトフォートラベル」に全部の写真をUPしてあります。
https://4travel.jp/travelogue/11415850
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