今日の「美の巨人たち」はジャック・ルイ・ダヴィッドの「皇帝ナポレオンと皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」でした。
ほぼ等身大でナポレオンの戴冠式に列席する人たちを見事に描き切った有名な絵ですが、実際の戴冠式の様子とは異なる部分があることもまた有名な話。
冠を捧げ持つナポレオンの前に膝まづくジョゼフィーヌは、実際この時は40歳を過ぎていたのですが、その横顔は若さに輝くようです。これはダヴィッドが自分の娘をモデルにしたのだとか。
ナポレオンが身に着けているものは古代ローマの英雄の月桂冠や蜂の図案から歴代フランス国王のマントまで、シンボルが隅々まで使われています。
中には仏頂面の教皇ピウス1世や外務大臣タレーランなど明らかにナポレオンの皇帝就任を喜んでいない様子もしっかり描かれているのですが、ナポレオンはこの絵をいたく気に入りそういった細部は気にしなかったようです。「まるで絵の中を歩いているようだ」と絶賛しました。
ナポレオンがこの絵を描かせたのは、自らを英雄として民衆にアピールすることが目的でした。
しかし、ナポレオンは絵に仕掛けた罠に自分がはまってしまったということです。ダヴィットはこの絵を「完璧に描きすぎた」のです。絵の中の人物はナポレオンの戴冠を祝い、新しく誕生した皇帝を讃えているように演出されています。この絵を見ると、自分が戴冠式に列席して皇帝を讃えているような気分になります。ナポレオンは、この絵によって、本当に自分が皇帝として、英雄として神から選ばれた存在なのだと思うようになってしまったのです。
…という結論でした。
確かに、皇帝になってからのナポレオンは人が変わったようなところがあります。寝る間も惜しんで本を読み、数々の戦いで目を見張るような勝利を次々ともたらし、ナポレオン法典を制定して革命後のフランスを立て直した人物が、皇帝になったときから失速し始めた…。皇帝として尊大な態度を見せたり、自分に意見をするものに対して耳を貸さなくなったり。それは、戴冠式の絵の罠に自分自身が陥ってしまったということだったのでしょうか。
おそるべし、ダヴィッドの技量。
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