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2016年03月13日00:58

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三津寺(みってら)秘仏公開

仏像を見に行くなら京都・奈良。滋賀県は十一面観音の聖地。
…と思っていたら、大阪にも見るべき仏像が。

道頓堀に近い、繁華街ど真ん中の御堂筋に何やら不似合いな日本建築風の白壁の建物があるのはなんとなく知ってましたが、本物の古いお寺だとは知りませんでした。このあたりの地名にもなっている三津寺(みってら)というお寺で、しかも普段は秘仏で非公開の本尊が拝めるという。

古くは聖武天皇の時代、かの行基がこのあたりに「三津寺」という寺を建てたという記録が残っていて、さらに後に空海が真言宗の寺院としたと言います。しかし、現在の三津寺がこの時の三津寺とつながりがあるのかどうかははっきりわかりません。
はっきりわかっていることは、1680年頃に京都の仁和寺から真空と言う僧侶がやってきてこの地に寺を整備したということで、それが現在の三津寺につながっているということです。
現在の伽藍は19世紀初めのころのもので、江戸時代の大阪の面影が偲ばれる貴重な寺だと言うことです。空襲でも焼けないで奇跡的に残ったとか。

そして、明治の廃仏毀釈で、生國魂神社の中に在った寺(昔の日本は神仏習合で、神社の中に寺がしつらえられていることは珍しくなかった)が取り壊されたときに流出した仏像が流れてきたとも言われます。

ということで、本堂に入りますと、まず小さな部屋にかなり摩耗している観音菩薩坐像。頭は平安時代で、体は後補。
そこから本堂に入りますと、三つの大きな厨子が並んでいます。その中にそれぞれ三尊ずつ仏像が配置されています。左から薬師三尊を中心に両側に愛染明王と不動明王。薬師如来は室町後期のもので、脇侍の月光菩薩と日光菩薩は、真空が造像したもの。とても穏やかな表情に、蓮の花を捧げる姿は極楽へいざなってくれるかのようです。

中央の厨子の十一面観音は三津寺の本尊です。平安期の様式をもとに、江戸時代に作られたものと考えられます。本当に平安時代ごろに造られた仏像があって、それを模したのかもしれませんが、元の像が不明なためなんともいえません。
その左側にある地蔵菩薩は一木造で平安時代のものと考えられ、この寺でも特に古いもの。太ももから流れる衣文がかなり類型的で古さを感じさせます。
その右側は平安時代のものと考えられる毘沙門天です。

右側の厨子には中央に真空が造像した弘法大師。
その左側が大日如来。智拳印の金剛界。平安時代後期。
右側が弥勒菩薩坐像。玉眼の寄木造で、翻る衣文が凝ったつくりになっていて、鎌倉時代の様式、それも快慶に近いものがあるようです。宝冠がとてもきらびやかです。

大阪市教育委員会の方から解説タイムがありました。
このあたりは昔は本当にたくさんのお寺がありましたが、多くは焼けたり戦災に遭ったりしてなくなっていったそうです。仏像、お寺と言えば京都や奈良と思いがちですが、もしそれらのお寺が残っていたら、大阪もそれに引けを取らない仏像の宝庫だったかもしれないということです。

本堂の中は格天井の一つ一つに彩色の絵が描かれており、柱も彩色されて、厨子の上方には飛天も飛んでいました。華やかに荘厳された堂内でずらっと並ぶ仏像を見ていると、やはり仏像は博物館よりもお寺で祀られた状態で見るのがいいなと思いました。
仏像の撮影はできないので、写真は外観だけです。
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