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2016年02月11日23:46

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中国王朝 よみがえる伝説 乾隆帝

「中国王朝 よみがえる伝説」は今年からNHKで始まったシリーズで、1月に放送された第1回目の乾隆帝の分をやっと見ました。

中国歴代の皇帝でも名君中の名君…たしかに。でも康熙帝の方がもっと名君というのにふさわしいとは思いますが、否定はできません。国力が充実しているの乗っかって即位した幸運はありますが、本人はとても勤勉で真面目に政務に励んでいましたから。

まず取り上げられたのは香妃伝説。
身体からよい香りが漂っていたことからこう呼ばれます。乾隆帝がウイグルを征服した時に見初めて連れ帰ったものの、あくまでも皇帝を拒んで自害したという。でも乾隆帝の記録や清史稿では香妃のことはなく、どこまで事実かわかりません。でもカシュガルには「香妃墓」があるんだけどなあ…それには全く触れず。ややこしくなるから省いたんですかね。ま、「香妃墓」と言っても実はカシュガル周辺を治めていたホージャ一族の墓廟で、香妃はその一族だったため遺体がこの地に返されて葬られた…と、現地で聞きました。(「世界史オタク 中央アジアを行く」(文芸社)にも書きました)。

で、最近の研究でわかったのが、別の妃がモデルだったのではと言う話。
…もっと前からわかってるんだけどな。容妃でしょ?カスティリオーネ(郎世寧)が肖像画を描いてる。
…と、思って見てたら本当に容妃の名前が出てきました。
そうしたら、近年容妃の墓が発掘調査されたとか。乾隆帝の妃の名前はずらっと記録に残っていまして、妃たちの墓も皇帝の陵墓の近くに並んでいるのです。発掘された墓の内部に大きな石棺があり、そこには「イスラムの文字」でアッラーを表す言葉が刻まれていたのです。…「アラブ文字」でしょ?
そして、大変貴重な細工や宝石の装飾品を身に付けていて、乾隆帝の寵愛が並々ならないものであったことがうかがえます。遺体から推定すると年齢はだいたい55歳ぐらい。近年乾隆帝の妃の記録を調べたら、容妃が病気になった時に乾隆帝は特別に果物など届けさせていたことが見られ、実際に55歳の時に亡くなったということです。

乾隆帝は周辺諸国を征服し、中国王朝歴代で最も広大な領土を獲得しました。その中でウイグルを征服したのは、北方のモンゴルと南西のチベットを牽制するためでした。両方とも清朝の辺境を脅かし、手を結んで侵略を繰り返していたので、その間に横たわる「ウイグル」を征服して両者の分断をする必要があったのです。ウイグルの統治者もモンゴルに捕らわれていたことがあり、清朝の援軍は助けでもあったのです。
そうして、ウイグルの統治者は北京を訪れ、一族の娘を乾隆帝に献上しました。それが容妃だったのです。乾隆帝は容妃を大切にして、故郷から料理人を呼び寄せたそうです。乾隆帝の料理の記録にも、ウイグルの料理の記録があるそうで、それも再現されていました。イスラムの規定に従って作られたそうです。

しかし、乾隆帝は必要な所だけ征服したらそれ以上は決して深入りしなかったということです。ナポレオンなんかそれで失敗してますね。征服を始めたらどんどん進んでいってしまう。でも乾隆帝はとても実務的で理論的な考えの持ち主でした。辺境を押さえるのはむしろ漢民族への牽制でもあったのです。少数の満州族が大多数を占める漢民族を治めるための方策でした。それが達成されたらOKなので、際限なく領土を広げる必要がないという判断ができたのです。

さらに、乾隆帝は漢民族を治めるために、漢民族伝統の文化を大切にしました。そのため骨董収集に力を注ぎました。これは、故宮博物院展でも見ましたが、乾隆帝は歴代王朝の文物を並べて自分がその漢民族の文化の正当な後継者だと示そうとしたのです。故宮博物院のコレクションの多くは乾隆帝が収集したものです。
また、「四庫全書」を編纂して歴代の書物を集めました。乾隆帝は民族差別的な表現を改めさせました。自らすべての書物に目を通して書き直しを指示していたそうです。例えば「東夷」という言葉を「東師」と改めさせたとか。
多民族・多宗教の広大な国土を治めるため、宗教や民族の対立が起こらないよう、相当気を使っていたようです。容妃を大切にしていたのも、民族融和政策の一環だったのです。

さて、乾隆帝の時代に極盛期を迎えた清王朝も100年もたたないうちに衰えていきます。アヘン戦争をはじめとして西洋列強にねらわれ、内側からは「滅満興漢」の運動が起こります。
そんな中、1892年に宮廷を追われた漢民族の官僚が書き残した物の中に「香妃」の話が登場します。征服した異民族の娘を無理やり宮廷に連れ帰り、その娘は抵抗の末自害する…乾隆帝のイメージを損ない、ひいては清朝の横暴さを印象付ける内容です。この話が広がって「香妃伝説」として定着してしまったのです。
…おお、そういうことだったのかー。やっと「香妃伝説」のナゾが解けました。滅満興漢のプロパガンダだったとは。
ただ、カシュガルの「香妃墓」は一体何なのか…という疑問は残ります。しかもそこへ行く観光客は「香妃伝説」を聞かされるんですよ…。これも後付け?

さて、2月のシリーズは永楽帝と鄭和らしいです。毎月あるのかこれからの予定は、とかNHKのHP見てもわかりませんけど、このままだとこのシリーズはずるずる見てしまうかも。
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