もはやタイトルが無意味な日記になりかけています。でも、台湾公演がなかったら行ってないし…。
翌日はまず国立歴史博物館へ。
ここは最初に台湾へ行ったときに、台風に直撃されて、中正紀念堂共々閉館で見られなかったのです。ものすごい雨風の中、ひたすら歩いて行ったのに。
博物館は中正記念堂駅から少し歩きます。天気はまあまあいいですが、風が強いです。
博物館は中国建築風。
チケット売り場で日本語のパンフレットをくれました。中に入りますと、横の方の狭い廊下。そこには石仏が並んでいます。北魏仏だ〜♪と、思わず進んでいって、突き当たって、「どっちに行ったらいいの?」
エレベーターがあったので、常設展示があるらしい3階へ。この博物館は壁の間が開いている部分が多く、出入りがどこでもできるようになっているので、どこから見たらいいのかウロウロしてしまいました。そうしてどうやら展示が始まっているらしいポイントへ。
まずは仰韶文化の彩陶から。そして竜山文化の黒陶へ。やはり黒陶の方が薄くて硬い感じがします。しかし、どうして台湾にこういったものがあるのでしょうか。
説明を見ますと、ここの収蔵品は河南省で出土したものが中心になっているそうです。河南省は古都洛陽があり、古代からの出土品が豊富にある所。そこにある河南省博物館から、戦争中に少しずつ運ばれたそうです。また、日清戦争以来日本が「掠奪」した中華文物を、戦後になってから返還交渉をして返って来たものもあるということです。
それから商〜周代の青銅器がいろいろ。
漢代の副葬品は、当時の生活を感じさせるものが多くて興味深いです。かまどとか、家畜小屋とか。搖銭樹もありましたが、ヒキガエルの上に乗っているのが珍しいと思いました。
そして、それから、唐代の俑!!
今まで写真でも見たことのない俑がたくさん!!女性の騎馬俑もありますが、周りに男性の騎馬俑が囲んでいて、彼女の護衛をしているようです。躍動する馬に乗った。ポロをする女性の俑もあります。
馬やラクダの三彩もあります。
三彩の鎮墓獣がズラー!
武官俑がズラー!
文官俑がズラー!
す、すばらしい〜!ウットリ〜!
そして宋代へ。
白磁、青磁、天目茶碗。
明代の青花。
細い廊下に入りますと、玉器がずらーっと並んでいます。
あとは特別展で琺瑯彩特集。貨幣特集の展示もあります。古代の刀銭から、元宝・銀錠までを概観することができて興味深かったです。
階を移動すると、いくつか特別展があります。チャイナドレスのきれいな絵に惹かれて入ったのは、台湾の女性画家、陳進の特別展でした。(博物館の入り口、写真の左の方に見えます)
陳進は日本統治時代の1907年に生まれ、東京女子美術学校で学びます。日本統治時代の女性の風俗を描きました。1936年には帝展に入選もしています。花や風景の絵も多く描きました。戦後は台湾でも重要な画家として活躍しました。展覧会では陳進の様々な年代の絵が多数展示してありました。かなり大きな絵もあります。帝展入選作「化粧」も展示されていました。
台湾にこういった画家がいたことは知りませんでした。点数も多く、かなり見ごたえのあるものでした。
あとまだほかにも特別展があるようですが、チラッとみたところあまりシュミじゃなさそうなので飛ばしました。
見たいものは見たので、最後はミュージアムショップへ。
図録を探したらかなり分厚くて高いのでひるみました。そうしたら、もう少し薄いもので「中国歴代陶磁特展」という本があったのでそれを買うことにしました。陶磁器特集なら見たいものがかなり網羅されているはず。後でよく見ると、どうやら新竹で館蔵品の展覧会をやったことがあるらしく、その時の図録のようです。
グッズもいろいろあっておもしろかったです。中国画のしおりも買いました。でもサイズがデカくて使いにくい…。
後でよく見たら、これは溥心畲と言う人の絵で、プロフィールも書いてありました。…清朝の末裔?!?
ということで、調べてみますと。
道光帝の第6子・恭親王奕訢の孫。1896年〜1963年。本名は愛新覚羅溥儒。字は心畲。名前の通り、溥儀と同輩。光緒帝が亡くなった時に次の皇帝候補にもなったことがあるが、結局選ばれず。その時選ばれたのが溥儀。満州国が成立した時に溥儀に呼ばれ官職につくことを求められるが、拒絶。1949年、共産党が北京に入った時に台湾に渡る。
清朝の皇族にはいろいろな人がいるのですねえ。
ともかく、そんな人の絵だとは知らずに購入して、あとでビックリです。
出るときに、中国語で館蔵品のパンフレットがあるのを見つけました。日本語の博物館全体のおおざっぱなパンフレットより、常設展のことがよくわかるやん!最初にこれを見ていれば…。
といっても見るべきものは見て満足したし、しゃーないので、博物館を後にしました。
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