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2015年06月20日23:51

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「井浦新 アジアハイウェイを行く」

NHKBSプレミアムで放送されました。
アジアハイウェイをたどる旅の記録ですが、今まで見たいと思いながらなかなか時間がなくて。
今日は旧ソ連領中央アジアの国をめぐるということでがんばって見ました。

まず着いたのはウズベキスタンの古都、ブハラ。ブハラだ、ブハラだー。いきなりカリャン・モスクとミナレットが見える風景だー。旧市街をめぐると見慣れた風景が次々と。じゅうたんバザール、宝石バザール。食料品を売っているバザールでは、豊富な農作物がどれもウズベキスタンの国産だということでした。ウズベキスタンはソ連が崩壊したのち1991年に独立しました。それ以来産業が奨励され、農業が盛んだということです。

また、工業化も進められ、家電製品なども海外の企業との合弁で国内で生産した製品が多く、国産品に対する信用も高く、皆国産品を買うということです。
それから、ユダヤ人がいることも知りました。ユダヤ人の礼拝堂、シナゴーグもあり、昔から宗教や民族の異なる人たちが共存してきたのがブハラの伝統だということです。
それからタクシーの客引きに声をかけられると、車が並んでいて運転手さんたちがいました。自動車も海外との合弁の国産品。運転手さんの一人と話をして家に招かれることになりました。そこで家族を大切にするウズベク人の気持ちを聞きました。

そして、ウズベキスタンの観光名所の目玉であるサマルカンドも、首都タシュケントもすっ飛ばしてハイウェイを北上してカザフスタンへ。中央アジア最大の国で、北の方の首都、アスタナを目指します。カザフスタンも1991年に独立し、その後首都をアスタナに移しそれから急ピッチで都市の建設が進められてきました。ビルが立ち並ぶ大都会です。都市プランを作ったのは黒川記章。

独立以来ナザルバエフ大統領は、豊富な地下資源をもとに国の発展を強力に進め、人々は新しい国づくりに励んでいます。建設現場で働く若者はソ連時代の古い集合住宅で雑魚寝をしながら、両親のために家を建てたいと言います。そしてこの首都を自分たちの手で作っているという誇りと希望に輝いていました。

カザフスタンのそれ以前の首都はずっと南のアルマトイでした。私はそれがずっと北のアスタナに遷都するというニュースを聞いた時は、なんでそんな辺鄙なところへ…と思いましたが、これを見て、作ろうと思えばこれだけの都市を作ることができるのかと目を見張りました。

そこから天山山脈を越えてキルギスへ。
首都ビシケクではバザールに足を踏み入れました。そうしたらそこは巨大な商業空間。行けども行けどもコンテナを並べた店が並ぶ迷宮のような空間です。商品こそ違えど、昔のキャラバンが運んできたバザールの熱気はこのようなものだったかと思います。このバザールでは大量買いする客もおり、仕入先としても使われています。
そうしたら、このバザールは、独立後停滞していた国を建てなおすため、市内に点在していた露店などを一か所に集めて作ったものだそうです。そして関税を下げ、周辺諸国から商品が集まるようにしたということです。それが功を奏してここに一大国際商業取引所の機能を持つバザールが出現したのです。

バザールから戻る時、綿の塊を売る人と、それを買う女性たちと出会います。結婚する妹のために嫁入り道具の座布団を作るためだと言います。井浦さんはその家にお邪魔して、座布団づくりを見せてもらいました。きれいな柄の長い座布団です。キルギス人はきれいな座布団でお客さんをお迎えするので、座布団は大切な嫁入り道具なのです。

今回のアジアハイウェイの旅はここまでです。

いずれも若い国で、ソ連の抑圧時代を経て新しい国造りをしようとする希望に満ちているのを感じました。今の日本に足りないのはそこかな、と思います。少子高齢化が進み、将来の希望が見えなくなっている日本。政治家が示すべきは、小手先のこまごました政策よりも、国民が希望を持って未来を作っていこうとする意欲を引き出すことではないかと思いました。今の日本にはそういった「意欲」「希望」が欠けているのではないかと思います。

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