本当はこのテーマで日記が書きたかったんですが、昨日は「小松菜ショック」でグチに走ってしまいました。
だいたい本屋さんへ行けば本が増えてしまう、というのは宿命のようなものなんですが、最近は料理本が増えていきます。
そもそも入院前から母の料理は手抜きになっていました。でも仕事から帰ってきてごはんができているのはありがたいし、遅く帰ってから一人分だけ作るというのも非現実的な気がして我慢して食べていました。
しかし、母が入院してしまったらとにかく自分で作らないとどうしようもありません。
ということで、ひとりぶんのごはんという本を見つけて購入。
そうして作っていたら…
「本の通りに作ったらおいしいものができる」
ことを実感。
さて、母が退院したら、まず母のために宅食またはヘルパーさんを頼んで、自分の分だけ「ひとりごはん」を継続しようかと思いました。
しかし、宅食は1日目で挫折(経過は日記に書きました)。ヘルパーさんは断固拒否。
そしてなにかしら私の分もということでレンジに手抜きな食事が入っているという事態に逆戻りしました。しかし前は一応1食分の品数はあったのですが、退院後は中途半端に一品だけとか、一食分にもなりません。
入院中にひとりぶんだけ作っていたら、仕事から帰ってきて作って食べる、という生活にも慣れたことですし、それでバトルをしながら、あるいは母の用意したものをこっそり冷蔵庫に収納しながら、帰ってきてから自分の分だけ食事を作るという生活になりました。
だって、「本の通りに作ったらおいしいものができる」んですから。
やっぱり母の手抜き料理にウンザリしてた反動かな〜。
なにしろ母と私とは味覚が違いすぎるんです。
母は肉が苦手で魚が好き、和食が好き。
私は肉が好きで魚がキライ、洋食が好き。
洋風の味付けでおいしい物は作れないかと思うと、料理本を探す、ということになっていくのです。
それで、本屋さんへ行くとそれまではあまり近寄ることのなかった料理のコーナーへ行き、よさそうな本を探して、つい買ってしまう、ということに。そして家には無かった調味料も増えました。近所のローカルなスーパーでも、けっこういろいろな調味料、香辛料があることも発見。ごま油とオリーブ油も常備しました。
一人分がテーマの料理本もありますが、普通の料理本でも最近は二人分で書いてあることが多いので分量通りに作って残りは冷蔵庫に置いておいて後日食べるとか、半分の量にして一人分として作るとかしています。
昔は母も子どもに合わせてトンカツとか唐揚げとかハンバーグとかオムレツとか作ってたんですけどね。いつのころからか、そういったものは作らなくなりました。
一応私に食べさせようと思ってスーパーでカツとかエビフライとか揚げ物を買ってくるんですが、そういったものは衣ばかり分厚くてあまりおいしくありません。しかもそれをお皿に載せてラップをかけてレンジで温めてしまうので、衣がベタベタになってますますおいしくない。揚げ物をラップしてレンジでぬくめないで、と何度言っても聞いてくれないので、とにかく揚げ物は一切買わないで、としつこく言っていたらそのうち買わなくなりました。
だからもう自分で食べたいものは自分で作るのが一番だと思って、母の料理からどんどん遠ざかったものを作るようになっていっています。面倒は面倒ですが、自分の好きそうな料理の本を見ていると、いろいろ作りたくなってきます。「おいしいものを食べたい」という意識が原動力になることがわかりました。
特に母は6時ごろに夕食を食べてしまうので、私の分はいつもレンジの中。温め直しばかり食べていたので、「作り立てを食べる」ことにこだわるようにもなりました。
以前は休みの日には、たま〜におかずを作ることがあっても母の好みに配慮したら自分の食べたいものが食べられない、という葛藤があったのですが、今は遠慮も会釈もなく自分の好きなものを作ります。当然のように「ご飯作ってくれるの」と言われたりすると、だったら自分の好きなもの作るもんね、という気持ちになるもんで。
今まで母の作るものに我慢していた反動ってこんなに大きいのかと…。
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