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2015年05月09日00:45

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「大谷光瑞と旅順博物館」(4)

三、 大谷文物

上述の文物のほか、旅順博物館に収蔵されている「大谷コレクション」にはさらにその他に分類される雑多な織物・貨幣・彫塑・木俑や泥俑・仏教絵画などがあり、これらを称して「大谷文物」という。

織物では寺院に奉献され願掛けに使われた絹製の「幡」が最も多く、しかも唐代に現れた夾纈の絹織物が最も価値が高い。
貨幣のうち最も多いのはこの時期の中原で通用していたもので、当時の中原の勢力が双方の地域での貿易・交流に及んでいたことを表している。しかしホータンで出土した「ホータン馬銭」は穴のない円形貨幣で、馬の横向き像が刻まれ、当時現地で使われていたカロシュティー文字と漢字の二種類の文字が使われ、西方と中央アジアと中原の多種の文化要素を具えている。トルファンで出土した、高昌王国で発行された「高昌吉利銭」は、完全に中原系統の貨幣で、現在世界でもわずかしかなく、そのうち旅順博物館には三枚ある。

彫塑では、ホータンで出土した陶製の動物が最も巧みで真に迫る。猿・ラクダ・馬など大きさも形も様々である。断片で残っているのは、もともと実用の陶器の装飾としてつけられたと思われ、ガンダーラ美術の影響を受けた仏教の図案があり、古代ホータン地域が最も早く仏教文化を受け入れたことがわかる。仏教芸術の東伝を研究する重要な文物である。

大谷探検隊はトルファンの高昌王国の古墓を最も早く発掘しており、旅順博物館の「大谷コレクション」には大量の木俑や泥俑がある。これらは副葬品であり、文官あり、武官あり、女官や楽伎あり、その顔だちや服装は中原地域の唐代の墓の副葬品と大変似ている。高昌古墓ではさらに絹に描かれた伏羲・女媧図が出土している。伏羲・女媧は中国の創世神話の人物でありこれが高昌古墓に見えることは、この地域の人々は、漢民族と同じ文化を共有していたことを物語っている。

仏教は古代シルクロードの文化として主要な位置を占める。大谷光瑞は仏教徒として一貫して往時のように仏教によってアジアが一つにまとまる夢を抱き、探検隊は「仏教遺跡調査」の主旨を以て組織された。
旅順博物館に収蔵されている大谷文物の中には仏教絵画の名品が多く、ベゼクリク石窟第20窟の甲冑を身につけた王者の像は、世俗の王の仏教に対する篤い信仰を表している。唐の大暦六年の「阿弥陀仏浄土変相図」は、楽天の断片しか残っていないものの、生き生きとした線描、グラデーションを付けた色彩など画家の高度な技法が充分うかがえる。画面下の発願文は四句七言を含む頌詩になっており、唐代後期に興った説教節を書き写したものである。

博物館にはそのほか景教(ネストリウス派キリスト教)の印のついた地蔵菩薩の麻の絵画があるが、これは中国で唯一の高昌ウイグル王国時期の三宗教(仏教・マニ教・景教)が併存する絵画である。「印沙仏」と呼ばれるものは、捺印仏(摺仏)で、経典の挿図として使われ、のちの印刷術の発展のもとになったものである。

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