人間国宝・桂米朝さん肺炎で死去 89歳
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母の実家は姫路ですが、米朝さんは母の実家の近所の神社の神主さんの息子でした。母より二つ年上でした。母は9人兄弟の下から2番目ですが、家族でお付き合いがあり、特に母の兄と親しかったそうです。学校ではとても頭が良くて級長さんをしていたと言っていました。ですから時々母は米朝さんのことを本名の「清さん」と呼ぶことがありました。
母は若いときに大阪に働きに出てきて、やはり大阪にいた米朝さんと会ったことがあるそうです。しかしそれきりだったようです。おじとは時々会っていたようですが。
そんな話をおりにふれて聞いていたので、米朝さんにはなんとなく親しみを感じていました。テレビで落語を見たこともあります。上方落語の復興に力を尽くしたことも知りました。
米朝さんが復活させた噺に「地獄八景亡者の戯れ」という長いものがあります。ずいぶん前にテレビで見ました。
サバに当たって死んだ男が三途の川を渡って地獄めぐりの珍道中を繰り広げるのです。その中で地獄に寄席があり、古今東西の名人が来ているからたいそうな見ものだとか。その名前の中に「桂米朝」の名前がありました。「桂米朝はまだ死んでないで」「よう見てみ。近日来演て書いてあるやろ」
…ホンマに逝ってしまいはったんですねえ。
近年は高齢でもあり体調を崩していたので、高座に上がることはなくなっていましたが、いよいよ地獄の名人たちの仲間入りをして、自分が復活させた噺を鬼や亡者たちの前で披露するのでしょうか。
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