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2015年03月12日01:06

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大谷探検隊の軌跡をたどる旅順の旅(1)

ここから旅行記本番…のはずですが、まずその前に。

大谷探検隊とは…。

「世界史オタク 中央アジアを行く」(文芸社)でも簡単に書きましたが。

19世紀〜20世紀にかけて、中央アジアの地に「探検」に入った人がたくさんいました。
イギリスのオーレル・スタイン、スウェーデンのスウェン・ヘディン、フランスのポール・ペリオ、ドイツのル・コック、ロシアのプルジェヴァルスキーなど、など…。そこに古代の遺跡を発見し、たくさんの発掘品を祖国に持ち帰りました。そうしてこの地の研究が始まり、特に西洋人にとって未知の世界だったこの地域を「シルクロード」と呼び、東西の交易があったこと、東西の国の影響を受けながら独自の文明が栄えていたことを明らかにしました。

そのころ、日本でやはりこの地域を目指した人がいました。西洋の探検家たちと違ったのは、仏教徒だったこと、そしてここは仏教の伝わった道でもあり、仏教の来た道を明らかにすることを目的としたこと。
それが西本願寺の門主、大谷光瑞でした。
大谷光瑞は門主を継ぐ前にまず自ら中央アジアに入りました。その後門主を継いでからは西本願寺の子弟を派遣し、調査・発掘を行いました。その時もたらされた出土品の数々が「大谷コレクション」です。

大谷コレクションは、大谷光瑞が六甲に建てた「二楽荘」という別邸に集められて研究されました。
しかし、大谷光瑞は仏教学校を開設し、さらに六甲山のケーブルカー、気象観測に農作物の研究など事業を手広く広げましたが、広げすぎたせいか財政破たんを招きます。その責任を問われて門主を辞任し、財産整理のためコレクションは売りに出されてしまいました。
コレクションは個人で購入した人もあり、また当時朝鮮半島を日本が支配していたことから朝鮮半島にもわたり、さらに遼東半島の先の旅順にまで渡りました。

ということで、旅順には大谷コレクションがかなりまとまって収蔵されているのです。
また、日本に残ったもののうち龍谷大学の所蔵になったものもあります。大谷コレクションを含む形で仏教関連の展示を中心とする龍谷ミュージアムが開館したのは2011年です。開館の知らせを聞いたとき、大谷コレクションを見ることができる機会が増えるのではないかと大いに期待しました。そして実際に何度か足を運びました。
昨年(2014年)、龍谷ミュージアムで大谷光瑞と二楽荘の特別展がありました。それを見に行った時にツアーのチラシを見つけたのです。龍谷ミュージアムの館長と名誉教授の先生が同行して旅順博物館に行ける!

旅順は軍港でもあり、長らく外国人は入ることができませんでした。数年前にとりあえず行くことができるようにはなりましたが、立ち入りが制限されている部分もまだ残っています。日本人が行くとしたらツアーに参加するのが普通です。ヘタに自由に動きまわって軍が管理している地域に足を踏み入れると大変なことになります。ですから旅順博物館へ行くのがまずハードルが高い、ツアーで行っても見たいものが見られるかどうかわからない。ということで、実際に見に行くことはほとんどあきらめていました。
ところが、こういうツアーなら大谷コレクションが見られる、専門の先生に解説までしてもらえる!

ということで、ツアーに参加することにしました。

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